新型コロナウイルス いま思うこと(その6)

たいへんな状況となっています。ただいつの世もその時代を生きた人にとって避けがたく

なんとも理不尽な「試練」はつきものです(ペスト、恐慌、核戦争)。それをヒトは克服して

かよわいわが子を守るように、社会を、制度を生み、ヒトのいのちの大切さを育んできまし

た。いま新型ウイルスが人類を襲っています。しかしかれらも私たちと同じ地球生命体。

まさに共同体の一員。好ましからざる隣人ですが、「共生」せざるを得ない。それが我々

みなに与えられた「試練」の実態です。

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ただ今回の試練は、天変地異の風水害や異常気象。リーマンショックのような金融不安などの人為的な厄災ではありません。新型コロナウイルスの世界規模での大流行。

 ヒトが、DNAやRNA遺伝子による細胞からできている以上、RNA型のこのウイルス感染は生物学的には避けられないとのことです。

 人類はそうしてウイルスに感染し、免疫力を付けてきました(遺伝体質の獲得。短期的には集団免疫)。その強制免疫の獲得がワクチン投与です。

 ただワクチン開発には時間がかかります。だから緊急避難的に行われたのがヒトとヒトとの接触機会を極力減らす「ロックダウン」(都市封鎖、外出自粛、行動規制)でした。

 ビジネスはヒトとヒトとの交流を通じてモノを動かす仕組みですから、活動は止まります。

 出会いと消費が止まるのですから、世界経済は深い井戸の底に落ちてしまいました。

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その世界経済の今後の予想を語るのは、アナリストならぬウイルス学者です。ウイルス感染拡大とその収束の見通しこそが、経済活動再開のゴングとなるからです。

 私はこの疫病の蔓延に当たって、3月10日から5月1日まで5回にわたって「コロナウイルスとマーケットをどう考える」べきかを考えてきました。

 

その5月1日のコラムを再掲します。

 

もはや21世紀の世界恐慌である。今回の大恐慌は、世界経済的にいえば、起こるべくして起こった。世界経済的にというのは、地球規模の「グローバル」経済交流が、一風土病に過ぎなかった疫病を、世界規模の大厄災(パンデミック)に広げたからだ。

経済はヒトとヒトの交流に成り立つから、ロックダウンが恐慌となるのは必然だった。

では、恐慌はいつ終わるのか。疫病がその引き金ならば、答えは簡単である。ウイルスとの闘いには勝利宣言はないが、停戦はできる。多数の人類がウイルスに感染し、全体として免疫を持ち、地球生命体としてのウイルスと敵対共存する。それしかない。

最新の研究では、その集団免疫の獲得まで、あと2年はかかる(米ハーバード大学は4月14日付の米科学誌サイエンスで「制限は2022年まで続ける必要がある」とする論文を発表した)。つまり、感染が蔓延し、免疫を持つまで、人口70億人規模では2年かかる。

この間、ヒトも企業も、国家も、期限の定めない、ガラスの檻に逃れるしかない。何人も、どのような企業、会社も、超現実的な異常事態のなかに生きなければならない。

しかしこれら緊急非常事態の出現は、それまでの日常では覆い隠された本質を、白日の下にさらす。それは国家でも、会社でも、個人レベルでも同じである。

リーダーである政治家、実務担当である官僚たちの資質、能力、実行力が試される。企業、会社も同じ。国家の支援が期待できない非常、火急に、どう立ち向かうか、である。いままでなら、通用していた思い付きや見せかけだけの付け焼刃が、ごそりとはげ落ちる。

危機にあたって通用するのは、日頃からの信頼、信用。臨機応変の指導力なのだ。

残念ながら疫病との戦いに我われは敗れつつある。敵情を軽視し、杜撰な作戦に固執し、戦局の重大変化に拘わらず、戦力の逐次投入の愚を犯して、補給を無視し、国民を死に追いやった。ゴミ箱を漁ってその大局の無さを満天下に晒した戦時首相にも似て、布マスクでウイルスを迎え打つと鼓舞する現役首相、そのひとを嗤う資格を、我われは持っていない。

第二の敗戦の予感に、慄然とするのは、果たして私一人だけなのか。

今回の事態が収束した後の「ポスト・コロナ」では、別の世界が広がっていることだろう。監視社会中国の台頭、IT活用とテレワークビジネス、強権を発動した国家と「国家からの自由」、「恐怖からの自由」、「失業からの自由」・・・自由の多義性の意味をいやが上にも考えさせられた国民。それらもろもろの変化が、一時に押し寄せてくる、予感。

(以上、引用終わり)。

 

そう。第二の敗戦であれば、私たちの祖父母たちが、焼け跡から、すっくと立ちあがり戦後復興の日本を築いたように・・・。我われもまた立ち上がればいい。隣人を信じ、協力して。

 

最後に最初のテーマに戻ります。

 

たいへんな状況となっています。ただいつの世もその時代を生きた人にとって避けがたく

なんとも理不尽な「試練」はつきものです(ペスト、恐慌、核戦争)。それをヒトは克服して

かよわいわが子を守るように、社会を、制度を生み、ヒトのいのちの大切さを育んできまし

た。いま新型ウイルスが人類を襲っています。しかしかれらも私たちと同じ地球生命体。

まさに共同体の一員。好ましからざる隣人ですが、「共生」せざるを得ない。それが我々

みなに与えられた「試練」の実態です。であれば、まず深呼吸。そして笑顔です。