「関東鉄源、10月輸出入札は安値応札を嫌って流札」考える

■関東鉄源、10月輸出入札は安値応札を嫌って流札(10月11日)=関東鉄源協組は10月11日共同輸出入札を行ったが、応札価格が希望価格に達しなかったため流札とした。応札は12社12件で72,150㌧。一番札はH2・FAS34,900円だったが、希望価格に達しなかったことから、2004年6月以来、14年4ヶ月ぶりに不調・流札とした。

*解説=今回の流札が、テックスレポートが報じるように「一番札が足元の湾岸FASより約1,000円、地場炉前価格より2,000円安く、販路に困っていない現状から、現況市況を大きく下回る安値で輸出する必要はないとの判断が働いた」ものとすれば、本誌は鉄源協組の業界における役割から考えて今回の決定に大きな違和感を覚える。

1 歴史的に見れば、関東鉄源協組の共同輸出は、国内販路の危機に怯えた関東地区の有力業者で結成する月曜会メンバー数社が数量を束ね共同して自主輸出に踏み切ったことに始まる。この月曜会の事業を引き継いだのが関東鉄源協議会であり、商品責任を明確にするため任意団体から法的組織に脱皮したのが現関東鉄源協同組合(2001年9月)である。

 月曜会の共同輸出(88年)の背景には、国内需給の変化(鉄スクラップの絶対的な不足から、高度経済成長に伴う絶対的な余剰化)があった。生き残るため国外にも販路を開拓する。であれば業者個々の販売事情を越えて(たとえその瞬間、安値であったとしても、将来的な需給と価格の安定を目指して)全体として結束する必要があったからだ。

2 事実、その後の日本の需給体制は、90年代末以降の国策的な鉄鋼メーカーの「選択と集中」の結果、実質2系列体制となった(新日鉄住金、JFE)。このシンプルな系列化から電炉は、かつての過当競争から「需要に見合った生産」に様変わりした。

その結果、電炉メーカーと鉄スクラップ納入業者の力関係は大きく変化した。また日本の産業構造の歴史的な推移から、国内流通鉄スクラップの絶対量は漸減傾向にあり、しかもその25%は輸出に依存しているのが実際だ(日本鉄源協会の流通調査によれば、17年度国内鉄スクラップ流通量は3207.7万㌧で、内訳は国内市中(鉄鋼購入)2409.1万㌧、輸出798.6万㌧。輸出割合は24.9%)。その輸出貿易でも日本の業者の設備規模は世界のシッパーに比較すれば、大きくはない。配船・船荷がカギとなる世界マーケットでは1船あたりのボリュームがビジネスを分ける。だから数量を束ねる必要がある。

3 また国内業者が、内外のこれらのマーケット変化に対応し将来に生き残るには、それなりの力をつける必要がある(それが各種リサイクル法適応の業態進化や主要業者の「戦略的提携」の増加だったろう)。鉄スクラップ取引の現場で、需要家である鉄鋼メーカーや海外貿易相手と対等に渡り合うには「交渉力(バーゲニングパワー)」としての販売力・数量を確保しなければならない。だからこそ、配船数量の確保が求められた貿易輸出では、数量を束ねる「共同輸出」事業が採用された(毛利の「3本の矢」の教ではないが、弱い業者も結束すれば、発言力はもてる)。

4 その共同輸出事業の最大の問題は、国際相場と国内相場のギャップから、時によっては輸出価格が地場価格を下回るケースがでてくることだ。これが時として「輸出の値段が安いから、今回の出荷協力は見送る」との参加業者の脱落を招いた。出荷判断は、つまるところ各業者の自由だとしても(だから今回、関東鉄源は流札判断をした)、数量が揃わなければ全体としての「共同」事業は破綻する。また国際相場での取引を嫌った(つまり海外が安いから今回は売らない)判断は、長い目で見れば国際相場へのタイムリーな適応力の減退につながり、国内的には業者主導による需給バランスの調整機能を破壊する(共同輸出は業者による供給調整である)。それは目先の損得ではなく、海外に広く販路を求めることで、「国内需給の安定を長期的に守る」との共同輸出発足の初心に反すると本誌は考える。

5 この本誌の見方に、極論に過ぎるとの反論がでるかもしれない。流札は一時的な措置で、売らないのもビジネス選択の一つ。そこまで深刻に考えることはないとの声も予想される。ただ本誌が主張したいのは、「ビジネスは継続と信頼のうえでのみ成り立つ」との信念だ。

日本の国内での需給安定を対外販路の拡大を通じて守る。それは一時的な損得判断で「流し」ていいものではない。海外出荷が国内相場に比べて割安であったとしても、それが世界相場水準(それをモニターするのが入札の役割)であれば、その入札値を受け入れ「日本発のマーケット指標」として継続する。それを日本の業者が、そして世界の関係者が参考材料とする。その情報発信の機会をたとえ一時であったとしても失ったことが残念である。