コロナウイルス対策とマーケットを考える(冨高私見・その2)

コロナウイルス対策とこのマーケットをどう考えるか(冨高私見・その2)

                               2020年3月12日

私は先に(3月9日)「コロナウイルス対策とこのマーケット」を下記のとおり考えた。

https://steelstory.jp/contents/2020/03/10/

本日、日経新聞が次の通り報じた。

*世界保健機関(WHO)が11日、新型コロナウイルスについて「パンデミック(世界的な大流行)」と表明した。感染者数は110カ国強で12万人を超え、事実上、封じ込めに失敗した。対応は後手に回った。未知のウイルスとの闘いは新たな段階に入る。

我われはどう備え、考えるべきか。

1 未知の感染、疾病は人類に破局的な厄災をもたらした。ペスト(14世紀から17世紀まで)はヨーロッパの人口を激減させ、新大陸の先住民は旧大陸渡来の疫病で、その大半が死滅した。小説では地球を襲った火星人も、その疫病から全滅し、地球は救われた。

2 先住民を死に追いやった疫病が、その後、新大陸で「無害化」したのは、「免疫を持った」住民に入れ替わったからに過ぎない。隔離、封鎖が疫病を封じ込めたのではない。

3 致死率が極めて高いエボラ出血熱(致死率25~90%)ならいざ知らず、弱毒性(致死率1%以下の報告も)だが、感染力が高いとして、国民の生命・健康を守るとして、各国が外出制限や入・出国を禁止「封鎖」する今回の疾病対策には、強い違和感を覚える。

4 疾病が「パンデミック(国境を超えた世界的な大流行)」となった現状では、国境封鎖は(疫学的にも、定義的にも)意味を持たない。必要なのは、重篤化しない国内対策なのだ。長期化を見据えた市民の日常生活の確保、疫病との共存の覚悟なのだ。

5 国立がん研究センターなどの㏋を参考に、敢えて不遜を言えば、今回の疾病とその感染、重症化は、日頃の備えと体力(免疫力)が問われる問題だ、と私は考えている。

6 であれば、この疾病も過去の例のようにいずれ終わる。それは過去の例のように世界中に蔓延すれば、隔離も意味を持たなくなり、重篤化対策が進み、圧倒的多数の軽症者の増加が、免疫獲得者を爆発的に増加させ、疫病の無害化を加速させるからだ。

7 いま国家が為すべきは、重篤する患者と市民の日常生活をどう確保するかである。まず守るべきは「市民の日常」。完璧な安全などないが、最低限の「安心感」の確保である。

8 今回の疾病には、いまのところ有効な治癒薬はみつからない。だから隔離、封鎖しかないのか。いや最悪の事態(疾病死)を回避し、同時に市民の日常生活の確保を守る、その手立てを考えるのが、政治の役割である。PCR検査にすら高い条件を付けるのは論外である。

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  • 5万例を超える中国からの報告によると、多くの症例は軽症で自然に改善し、約80%の症例は軽症から中等症、13.8%が重症(呼吸苦、呼吸数の増加、血中酸素濃度の低下など)、6.1%が重篤(呼吸不全、敗血症性ショック、多臓器不全など)で、3.8%の方が亡くなられています(武漢5.8%、それ以外0.7%)。
  • ただし、これらは検査で確定診断された症例を中心としたデータであり、診断検査の不要な軽症者も多く存在する可能性を考慮すると実際には重症な方の割合はもっと低くなる可能性もあるという意見もあります。Fauci ASらの意見[N Engl J Med(The New England Journal of Medicine),2020]
https://www.ncc.go.jp/jp/ncce/division/safety_management/about/kansen/040/COVID-19.html