USスチール買収に見る日本製鉄の対米戦略

                                   新聞報道概論 2024年12月21日現在(冨高まとめ)

 

■日鉄、USスチール2兆円買収へ(23年12月19日・日経)=日鉄は18日、USスチール株を1株55ドル(7810円)で全株取得し完全子会社すると発表。15日終値は39ドルで、約4割のプレミアムを付ける。買収総額は141億ドル(約2兆円)。買収資金は金融機関からの借入金で対応。買収後もUSスチールの社名は維持する。かねて日鉄は世界で粗鋼生産能力1億トン目標を掲げてきた。今回の買収で生産能力は現在の6600万㌧から8600万㌧になる。
USスチールは高炉を8基、電炉3基持つ。日鉄は粗鋼生産で世界4位から3位になり、1億トンの目標達成に近づく。USスチールは鉄鉱石の鉱山も持っている。原料炭と鉄鉱石の調達を安定化させることができる見通し。

■日鉄、米政治リスク「想定内」 USスチール買収(24年2月8日・日経)=日本製鉄は7日、USスチール買収手続きを予定通り進める方針を示した。約140億ドルの買収資金は金融機関から全額借り入れで賄う。日鉄の有利子負債はUSスチール分も含めて23年末時点の約3兆円から5.6兆円に増える。財務の健全性を示すDEレシオは足元の約0.5倍から約0.9倍に悪化する見込み。

破談なら違約金リスク28日・日経)USスチール買収のハードルを越えられなかったらどうなるか。日鉄はUSスチールに56500万ドル(約836億円)の「リバース・ブレークアップ・フィー(RBF)」と呼ばれる違約金を払う必要がある。RBFの根拠はこうだ。被買収会社は買い手に資産査定などの段階で機密情報を開示したうえ、再び身売り先を探すなど時間も費やさなければいけない。その損害を補償する意味合いがある。

■USスチール、買収承認(4月13日・夕・日経)=USスチールの買収案が12日、USスチールの臨時株主総会で承認された。日鉄は規制当局の審査を経て24年9月までの買収完了を目指している。労働組合が買収に反対している。手続き完了はずれ込む可能性がある。

■日鉄のUSスチール買収は「歴史的失敗」(4月24日・夕・日経)=米鉄鋼大手、クリーブランド・クリフスのローレンコ・ゴンカルベス最高経営責任者(CEO)は23日、「日本企業による、アメリカを象徴する鉄鋼メーカーの買収は歴史的な大失敗だ」と述べた。クリフスは以前、1兆円規模の買収額でUSスチールの買収に名乗りを上げていた。

■USスチール買収、米以外は全て承認(5月31日・夕・日経)=日鉄は30日、USスチール買収について、欧州など、米国以外の全ての規制当局からの承認を取得したと発表した。

■日鉄副会長、USスチール買収「年内に完了」(8月2日・日経)=森高弘副会長兼副社長は1日、USスチールの2412月までの買収完了に強い意志を示した。米当局の審査についても「守秘の観点から内容は申し上げられないが、どんどん進んでいる」と話した。

■日鉄、1800億円投資発表 USスチール製鉄所2カ所に(8月29日・夕・日経)=日鉄はUSスチールの製鉄所への追加の投資計画を発表した。ペンシルベニア州のモンバレー製鉄所では熱延設備の新設または補修に10億ドルを投資し、同製鉄所を数十年以上稼働する。インディアナ州のゲイリー製鉄所では約3億ドルを投資して第14高炉を改修し、同高炉の稼働を今後20年ほど延長する。

 

************トランプ ショック***************

 

■日鉄のUSスチール買収、トランプ氏「認めず」(8月30日・夕・日経)=トランプ前大統領は29日、11月の大統領選で再選すれば、日本製鉄によるUSスチール買収阻止を明言した。

■買収不成立なら製鉄所閉鎖示唆 USスチールCEO(9月5日・日経)USスチールは4日、日本製鉄による買収が成立しなかった場合、製鉄所を閉鎖し、本社をピッツバーグから移転する可能性があると表明した。買収に反対する労働組合との交渉は難航している。業績や雇用に直結する条件を示し、日鉄による買収を成立させる意思を示す狙いがあるとみられる。

 

■バイデン氏、USスチール買収阻止へ(9月5日・夕・日経)=日本製鉄によるUSスチールの買収計画にバイデン米大統領が中止命令を出す方向で最終調整に入ったFTはCFIUSが日鉄に安全保障上の懸念があると伝えたとし、バイデン氏が、数日内に決断する見通しだと報じた。

 

■日鉄が米政府と協議 当局内も意見割れる(9月13日・日経)=米政府も一枚岩ではない。CFIUSは省庁横断組織で、国家安全保障の観点から米国の企業や事業、技術に対する外国投資を審査する。議長はイエレン米財務長官で、国土安全保障省や商務省、国防総省、国務省、司法省、エネルギー省、科学技術政策局、米通商代表部(USTR)のトップが委員を務める。委員会での承認は、全会一致が原則。懸念が払拭できなかったり、委員の意見が一致したりしなければ、大統領の判断を仰ぐ。

英フィナンシャル・タイムズ(FT)は10日、国務省や国防総省は買収阻止に難色を示していると報じた。日米関係への配慮に加え、防衛力を支える産業基盤の強化に向けて同盟国との協力が必要とみるためだ。また日鉄はCFIUSに対し、買収申請を一旦取り下げ、大統領選後に再申請することを提案したともされる。再申請するにはCFIUSの承認が必要だ。CFIUSの勧告を受けて大統領が買収禁止の行政命令を出せば難しくなる。日鉄は早期に判断をする必要がある。

 

■米政権、日鉄の買収阻止判断先送りも(9月14日・夕・日経)=米紙ワシントン・ポストは13日、米鉄鋼大手USスチール買収計画を巡り、米国政府が計画を阻止するかどうかの判断を11月の大統領選後に先送りする可能性が出てきたと報じた。

 

■米大統領選、日鉄揺らす(9月19日・日経)21日には岸田首相が訪米する。買収阻止の大統領命令が出ていれば、首脳会談の議題になるなど日米関係のしこりになる可能性もあった。大統領選が絡む特殊な状況だったとはいえ同盟国である日本の企業でも政治リスクに巻き込まれる可能性があることが浮き彫りになった。「CFIUSは政治色が強い。政治的な懸念が薄まる大統領選後に判断が持ち越されれば日鉄にとって有利になる可能性がある」(関係者)。

■日鉄、USスチール買収計画を再申請(9月24日・夕・日経)=日鉄は9月23日までに米鉄鋼大手USスチール買収計画の審査について対米外国投資委員会(CFIUS)へ再申請した。従来の審査期間は23日までだったが、再申請により審査期間は90日間延びる。

■日鉄、USスチール買収成功の場合、ミッタルとの米合弁から撤退(10月11日・テックスレポート)=日本製鉄は11日、USスチールの買収取引が実現した場合、完全子会社の NSKote,Inc.NS Kote)の全株式をアルセロール・ミッタル(AM)に譲渡すると発表した。NS Koteは、日鉄の持分法適用会社でAMとの合弁である AM/NSカルバートの日鉄全持分を有する持株会社。今回の株式譲渡は、USスチールの買収実行後も日本製鉄がカルバートの持分保有を継続することから生じ得る、米国競争法上の懸念に対応することを目的としたもの。

 

*************トランプ次期大統領の下で***************

■日鉄のUSスチール買収 審査「再開」(11月8日・日経)=日鉄にとって、人口増加が続く米国市場は今後の成長のために欠かせない。その重要なピースがUSスチールの買収だ。米大統領選は終わったが、買収の行方は不透明な状況が続く。買収に向けて必要な手続きはあと2つ。

米司法省による独禁法上の審査とCFIUSによる安全保障上の審査だ。日鉄は923日までの期間だったCFIUSの審査を取り下げて再申請した。審査期間は最大90日間となるため12月下旬までに判断が出る。ただ米当局の対応に詳しい井上朗弁護士は「注目を集めた案件なので現政権は判断を下さず、次期政権の方針を尊重して引き継ぐ可能性がある」(注*)と指摘。

トランプ氏が大統領になった場合を見据えて夏にはトランプ政権で国務長官を務めたポンペオ氏をアドバイザーに起用。トランプ氏と交渉するための人脈を構築。トランプ氏に判断が委ねられた場合、新たな「ディール」を要求されることもありうる。丸紅経済研究所の今村卓社長は「交渉過程で雇用対策や保障、追加投資の強化を求められる可能性はある」とみる。

注*=ただトランプ氏は日鉄のUSスチール買収「阻止」を宣言した(123日・日経)。
(財務上の観点から日鉄による買収は合理的な経営判断)だが、「トランプ氏から見れば外国企業の売却は許しがたい売国政策に映っている」。いまや「大統領の座を確実にしたトランプ氏にとって最も重要なものはUSスチールそのものよりも、自信を失った中間層全体の心に響く「大きな物語を描くことだ」(毎日新聞・失った威信 取り戻す米国。124日朝刊)

■日鉄のUSスチール買収審査 米共和議員「独立性に疑義」(11月27日・日経)USスチールの買収計画を巡り、米共和党の議員が、対米外国投資委員会(CFIUS)による審査の独立性に疑義があるとの書簡をイエレン財務長官とレモンド商務長官に送った。バイデン米大統領を支持した労働組合が買収に反対していることを踏まえ、安全保障の確保を最優先の目的とすべき審査で「政治的な利益」が優先された恐れがあると疑問を投げかけた。

■首相「USスチール買収承認を」 バイデン大統領に書簡(11月28日・日経)USスチールの買収計画を巡り、石破首相がバイデン米大統領に計画の承認を求める書簡を送ったことが27日、分かった。

 

*************米国政権vs日本製鉄*******************

 

■トランプ氏、日鉄のUSスチール買収「阻止」(12月4日・日経)=トランプ次期米大統領は2日、日鉄によるUSスチール買収計画に「私は完全に反対だ」とSNSで表明した。日鉄は現在、買対米外国投資委員会(CFIUS)の審査を受けている。1223日が審査期限とされ年内にも結論が出る見通しだ。バイデン政権が承認をしても、トランプ氏が大統領権限を使って阻止を模索する可能性が出てきた。国の安全保障に関する米大統領の権限は極めて大きい。CFIUSの制度でも大統領が安全保障の観点から下した決断内容については、裁判所ですらその是非を判断できないと規定している。

■日鉄幹部、財務健全化へ「追加手段」(12月5日・日経)=森高弘副会長兼副社長はUSスチール買収後の財務健全化に向け追加の段を講じると述べた。USスチールの買収資金は金融機関からの融資でDEレシオ(負債資本倍率)は(9月末の0.4倍)から一時的に有利子負債が増えるものの、森氏は「24年度内に(DEレシオを)0.7倍台に持っていく」と強調。今期はポスコの株式売却などで資産を2300億円程度圧縮するが、「それ以外の手も打つ」と述べた。

(トランプ氏は買収計画に反対を改めて表明したが)、日鉄は「買収は米国の安全保障を強化するもの」と意義を再強調。251月のトランプ氏の大統領就任を前に、バイデン大統領の政権下で計画通り手続きを進める考えだ。想定される関税引き上げについて「物の流れが変わる。メキシコから米国への投資に移る」と指摘し、USスチールには追い風になるとした。米市場の開拓には「米国内のインサイダー(部内者)になることがす重要だ」(森氏)とみる。

■日鉄のUSスチール買収、バイデン氏が阻止へ(12月11日・夕・日経)=日本製鉄によるUSスチールの買収計画をバイデン米大統領が阻止する方針を固めたと米ブルームバーグ通信が報じた。日鉄は報道を受け、「日本製鉄は米国の正義と公正さ及び法制度を信じており、公正な結論を得るため今後USスチールとも協働し、あらゆる手段を講じる」との声明を公表した。

■USスチール買収に暗雲(12月12日・日経)=買収が承認されない場合のシナリオは次のとおり。一つは中止命令が出る前にCFIUSへの審査を取り下げて再申請することだ。審査期間は最大で90日間延び、バイデン氏による中止命令を回避できる。仮に取り下げと再申請が認められても、トランプ新政権下での審査となる。トランプ氏は「私は完全に反対だ」と公言しており、再審査での承認の道も険しい。もう一つは、法廷闘争に臨む可能性だ。米当局の対応に詳しい井上朗弁護士は「勝率は低いだろう」と指摘する。USスチールの買収に失敗すれば、USスチールへの違約金56500万ドルの支払いも生じるとみられる。

■日鉄に「大統領権限」の壁(12月15日・日経)=買収計画を安全保障の観点から審査している対米外国投資委員会(CFIUS)は複数の省庁で構成される。関係者によると、日米同盟を重視する国務省や国防総省、財務省は阻止する理由がないとし、商務省や米通商代表部(USTR)などが反対とされる。閣僚級会議で意見が割れたままでは、大統領が最終判断を下すことになる。

バイデン氏が中止命令を出せばCFIUSの制度上、その判断が覆ることはない。元CFIUS高官のステファン・ハイフェッツ弁護士は、バイデン氏が無条件で承認した場合、トランプ氏でも判断を覆せないと指摘する。一方で条件付き承認の場合は「条件の内容や日鉄の順守状況により、トランプ氏が承認を取り消す余地が生まれる」という。

■米政府が日鉄側に書簡(12月19日・夕)USスチールの買収計画を審査している米政府が、日鉄側に14日に書簡を送った。書簡では買収の可否について政府内の結論が出ていないとした。現状のままでは計画は阻止される可能性が高い。

■日鉄「米政権、不当な影響力」(12月21日・夕)USスチール買収計画を巡り、バイデン政権が「不当な影響力」を行使したと主張する書簡を日鉄が米政府に送った。買収が阻止されれば法的措置をとる可能性にも言及した。



            <日鉄のUSスチール買収計画の背景>

■日鉄・橋本会長、「日本鉄鋼業を取り巻く環境と課題」講演(24年6月18日・日経)

*〔日本の「純内需」はピークから半減〕=日本の国内鋼材需要のピークは1990年、鋼材需要(11100万トン)の内訳は海外向けが1700万トン、国内需要が9400万トンだった。国内需要の内訳は、間接輸出1800万トン、国内「純内需」が7600万トンだった。 
2023年の鋼材需要は8200万トン。90年には7600万トンあった純内需は4200万トン(45%)減の3300万トンと半減した。このことは2000年以降、顕著だったが鉄鋼業界は手を打たず、対策が遅れ低迷状態に陥った。

*〔米国の鉄鋼業界の現状〕=米国の鉄鋼メジャー6社のうち高炉ミルは2社しかないが、今世界で一番儲かっているのは米国高炉ミル。米国の鉄鋼メーカーが(能力増強を行わず)、常に需給がタイトになるような生産を行っているからだ。米国の年間の鋼材需要は約1億トンだが、メジャー6社の生産量は7500万トン。電炉メーカーにしても、原料の鉄スクラップがある一定の価格を超えたら減産を実施するなど、数量にこだわらずマージンを優先する姿勢を貫いており、その結果として米国では鉄鋼メーカーも流通も儲かっている。

■〈ビジネスTODAY〉日鉄、米印「地産地消」シフト 日本市場の縮小に対応(9月25日)=日鉄は7月には宝山鋼鉄との合弁会社の株式売却を決めたばかりだが、ポスコ株の売却を決めた。米国やインドに経営資源を投下し、「地産地消」にシフトする。
米国では鉄鋼大手USスチールを141億ドル(約2兆円)の買収計画を進め、インドではアルセロール・ミタルとの合弁会社が1兆円規模を投じて高炉2基の建設を進めている。一方、国内では高炉を削減するなどの構造改革を進めてきた。日鉄はUSスチール買収に向けて、27億ドル超の追加投資も表明。海外を中心とし成長投資に向けて資本効率の改善を進めており、ポスコ株の売却もその一環となる。

■NIPPON STEELへの挑戦(上)  日鉄、3極で地産地消(8月10日・日経)=日本製鉄の海外戦略が歴史的な転換点を迎えている。中国・宝山鋼鉄との協力関係を事実上打ち切り、かわって米印、東南アジアの3極で高炉など上工程から一貫生産する「地産地消」の実現に挑む。

*日鉄はUSスチール買収に不退転の覚悟で臨む。米国は先進国では例外的に人口増加が続く。製造業の米国回帰も進むなか、今後も堅調な鋼材需要が期待できる。

*中国では事業縮小を決めた。中国には粗鋼生産量で世界上位10社のうち6社が乱立。鋼材市場は過当競争の様相を呈している。さらに電気自動車(EV)への転換が急速に進み、日系自動車各社は苦戦を余儀なくされている。森氏は「今はリスクの方が高い」と断じる。

*日鉄の粗鋼生産能力は現在6600万トンだが、1億トンに増やす方針だ。この上積み分は森氏は「3極に集中する」と述べ、米国、インド、東南アジア諸国連合(ASEAN)を挙げる。

*NIPPON STEELへの挑戦(下)  脱炭素へ電炉転換検討 水素製鉄、実用化は遠く(8月11日・日経)=国内のCO2総排出量の13%。鉄鋼業は製造業で最も多いCO2排出量を占める。日鉄は「CO2ゼロ」までの設備投資に4兆~5兆円、研究開発費に5000億円が必要とはじく。

30年の導入を見込むのが大型電炉だ。検討対象は八幡など2カ所。大型電炉が導入されれば既存高炉は閉じる公算が大きい。脱炭素技術の本命が水素還元製鉄だ。高炉での実証試験を始めるのは26年。CO2半減技術の確立は40年になるとみている。

*技術以上のハードルが脱炭素電源の整備だ。日鉄幹部からは「今の橋本氏の関心は米USスチールよりも原子力発電所の動向に移っているようだ」との声も漏れる。

日本政府がエネルギーの脱炭素化に踏み込めない場合、日鉄の脱炭素技術の実用化は海外が先ということになりかねない。脱炭素の実現には、政府も巻き込んだ議論が必要になる。

                     以上