USスチール買収に見る日本製鉄の対米戦略(新聞各紙・時系列整理)

                                   新聞報道概論 2025年6月20日現在(冨高まとめ)

 

■日鉄、USスチール2兆円買収へ(23年12月19日・日経)=日鉄は18日、USスチール株を1株55ドル(7810円)で全株取得し完全子会社すると発表。15日終値は39ドルで、約4割のプレミアムを付ける。買収総額は141億ドル(約2兆円)。買収資金は金融機関からの借入金で対応。買収後もUSスチールの社名は維持する。かねて日鉄は世界で粗鋼生産能力1億トン目標を掲げてきた。今回の買収で生産能力は現在の6600万㌧から8600万㌧になる。
USスチールは高炉を8基、電炉3基持つ。日鉄は粗鋼生産で世界4位から3位になり、1億トンの目標達成に近づく。USスチールは鉄鉱石の鉱山も持っている。原料炭と鉄鉱石の調達を安定化させることができる見通し。

*全米鉄鋼労働組合は反対=だが即日、全米鉄鋼労働組合(USW)が反対を示した。「取引には失望した。米国の国家安全保障上の利益にかなうかどうか、政府規制当局に強く働きかける」。デービッド・マッコール会長はこう声明を出した。

 

2024年

 

*トランプ氏「私なら瞬時に阻止する」24131日)=USスチール買収問題に口火を切ったのはトランプ氏だ。「私なら瞬時に阻止する」と買収交渉について言及した。

■日鉄、米政治リスク「想定内」 USスチール買収(24年2月8日・日経)=日本製鉄は7日、USスチール買収手続きを予定通り進める方針を示した。約140億ドルの買収資金は金融機関から全額借り入れで賄う。日鉄の有利子負債はUSスチール分も含めて23年末時点の約3兆円から5.6兆円に増える。財務の健全性を示すDEレシオは足元の約0.5倍から約0.9倍に悪化する見込み。

*バイデン大統領も反対する=バイデン大統領も314日、「(USスチールは)国内で所有・運営される米鉄鋼企業であり続けることが重要だ」と表明した。

■USスチール、買収承認(4月13日・夕・日経)=USスチールの買収案が12日、USスチールの臨時株主総会で承認された。日鉄は規制当局の審査を経て24年9月までの買収完了を目指している。労働組合が買収に反対している。手続き完了はずれ込む可能性がある。

■日鉄のUSスチール買収は「歴史的失敗」(4月24日・夕・日経)=米鉄鋼大手、クリーブランド・クリフスのローレンコ・ゴンカルベス最高経営責任者(CEO)は23日、「日本企業による、アメリカを象徴する鉄鋼メーカーの買収は歴史的な大失敗だ」と述べた。クリフスは以前、1兆円規模の買収額でUSスチールの買収に名乗りを上げていた。

■USスチール買収、米以外は全て承認(5月31日・夕・日経)=日鉄は30日、USスチール買収について、欧州など、米国以外の全ての規制当局からの承認を取得したと発表した。

■日鉄、1800億円の追加投資発表 USスチール製鉄所2カ所に(8月29日・夕・日経)=日鉄はUSスチールの製鉄所への追加の投資計画を発表した。ペンシルベニア州のモンバレー製鉄所では熱延設備の新設または補修に10億ドルを投資し、同製鉄所を数十年以上稼働する。インディアナ州のゲイリー製鉄所では約3億ドルを投資して第14高炉を改修し、同高炉の稼働を今後20年ほど延長する。

 

************トランプ ショック***************

 

■日鉄のUSスチール買収、トランプ氏「認めず」(8月30日・夕・日経)=トランプ前大統領は29日、11月の大統領選で再選すれば、日本製鉄によるUSスチール買収阻止を明言した。

■買収不成立なら製鉄所閉鎖示唆 USスチールCEO(9月5日・日経)USスチールは4日、日本製鉄による買収が成立しなかった場合、製鉄所を閉鎖し、本社をピッツバーグから移転する可能性があると表明した。買収に反対する労働組合との交渉は難航している。業績や雇用に直結する条件を示し、日鉄による買収を成立させる意思を示す狙いがあるとみられる。

 

■バイデン氏、USスチール買収阻止へ(9月5日・夕・日経)=日本製鉄によるUSスチールの買収計画にバイデン米大統領が中止命令を出す方向で最終調整に入ったFTはCFIUSが日鉄に安全保障上の懸念があると伝えたとし、バイデン氏が、数日内に決断する見通しだと報じた。

 

■日鉄、買収後の統治案 USスチール取締役の過半、米国籍に9月5日)=日本製鉄は4日、USスチールを買収後のガバナンス(企業統治)方針を発表した。USスチールの取締役の過半数は米国籍とする、取締役は少なくとも3人の米国籍の社外取締役を含む、経営の中枢メンバーは米国籍とすることを新たに公表した。通商対策として、米国籍の委員で構成する「通商委員会」を設置する。USスチールの米国での生産を優先し、日本拠点からの競合品の輸出を優先することはないと改めて示した。またUSスチールの既存の生産設備へ14億ドルの投資を実行する、USスチールによる対外通商措置の請求に関与しないことなどを改めて明記した。

■日鉄、USスチール買収計画を再申請(9月24日・夕・日経)=日鉄は9月23日までに米鉄鋼大手USスチール買収計画の審査について対米外国投資委員会(CFIUS)へ再申請した。従来の審査期間は23日までだったが、再申請により審査期間は90日間延びる。

*************米国政権vs日本製鉄*******************

 

■トランプ氏、日鉄のUSスチール買収「阻止」(12月4日・日経)=トランプ次期米大統領は2日、USスチール買収計画に「「私は買収計画を阻止する。買収者は注意することだ」とSNSに投稿した。

■日鉄のUSスチール買収、バイデン氏が阻止へ(12月11日・夕・日経)=日本製鉄によるUSスチールの買収計画をバイデン米大統領が阻止する方針を固めたと米ブルームバーグ通信が報じた。日鉄は報道を受け、「日本製鉄は米国の正義と公正さ及び法制度を信じており、公正な結論を得るため今後USスチールとも協働し、あらゆる手段を講じる」との声明を公表した。

■USスチール買収、米大統領に一任(12月25日・日経)USスチールの買収計画を審査していた米政府は23日、省庁間での協議がまとまらなかった。今後は大統領が買収への中止命令を出すかどうかの最終判断を15日以内に下す。日鉄は24日、「大統領が熟慮されることを強く要望する。公正に評価されれば、承認されると強く信じている」との声明を出した。

2025年

■日鉄「生産能力10年維持」 USスチール買収後(25年1月3日・日経)USスチール買収を巡り、買収後もUSスチールの生産能力を10年間削減しないなどを柱とした追加提案を米政府に送った。生産能力が減る可能性がある場合、米政府は拒否権を発動できる。日鉄は既に買収後に27億ドル以上の設備投資を行うことを発表しているが、追加投資が必要になる可能性もある。

**********バイデン大統領、日鉄に買収中止命令***************


■バイデン氏、日鉄に買収中止命令(1月4日・日経)=バイデン米大統領は3日、USスチールの買収計画に対する中止命令を出した。日鉄が国内鉄鋼大手の買収により「米国の国家安全保障を損なう恐れのある行動を取る可能性がある」と判断した。

**********日鉄、行政訴訟と民事訴訟の2方面作戦に打って出る*********

 

■日鉄、米大統領ら提訴17日・日経)=日鉄と日鉄米子会社、USスチールの3社が、「対米外国投資委員会(CFIUS)」とバイデン氏、CFIUS議長のイエレン財務長官、ガーランド司法長官の4者を相手取り、米連邦控訴裁判所に、買収を巡り不当な政府介入があったとして6日付で提訴した。さらにクリーブランド・クリフス、同社のゴンカルベスCEOUSWのマッコール会長を相手取りペンシルベニア州西部地区連邦地方裁判所にも提訴した。

*日鉄、証拠集めへ2方面作戦17日・日経)=行政訴訟と民事訴訟の2方面作戦には「大統領と労組会長らの結託」の証拠を集める狙いがある。クリフスは米鉄鋼2位の大手で237月にはUSスチール買収に名乗りを上げたが日鉄に競り負けた。日鉄は、クリフスが日鉄に対する組織的な中傷や虚偽の発信を繰り返すなど「反競争的かつ組織的な違法活動を行った」としている。ただ、長期間の裁判になりそうだとの意見が専門家の間では多い。大型の裁判では、本格的な審理が始まるまで1年以上かかるケースもある。

*米鉄鋼労組「買収阻止は国益」17日・夕・日経)=全米鉄鋼労働組合(USW)会長と米鉄鋼大手クリーブランド・クリフスの最高経営責任者(CEO)が6日声明を発表。「バイデン政権は米国に重要な利益をもたらし、国内鉄鋼産業の維持に貢献した」と称賛した。(日鉄などの)「根拠のない主張には断固として反論していく」とし対抗策を辞さない方針を示した。

*トランプ氏「USスチールなぜ今売る?」17日・夕・日経)=トランプは6日、SNSで「関税(引き上げ)によってより高収益で価値のある企業になるというのに、なぜUSスチールを今売ろうとするのか?」と述べた。USスチールの身売りに否定的な考えを示した。

■日鉄のUSスチール買収計画、破棄期限を6月まで延長113日・日経)=USスチールは11日、バイデン米大統領が中止命令を出した買収計画を破棄する期限が、当初の22日から618日まで延長されたと発表した。対米外国投資委員会(CFIUS)が期限の延長を認めた。大統領による中止命令が出た場合、日鉄は原則として命令から30日以内に買収計画を破棄する必要があり、期限延長はCFIUSが決めない限りできないことになっていた。

******** トランプ大統領 「買収でなく投資」を**********

■日米首脳会談・トランプ氏「買収でなく投資」(2月9日・日経)=トランプ米大統領は7日、USスチールの買収計画について「買収ではなく投資で合意した」と述べた。来週に日本製鉄首脳と会う機会を持つと説明した。石破茂首相も「買収ではなく投資だ。」と述べた。具体策には言及しなかった。「買収」ではなく「投資」とするためには、計画を変更する場合、日鉄は現行のUSスチールとの契約を解除する必要がある。

■トランプ氏「日鉄のUSスチール支援、過半出資はない」(2月10日・夕)=トランプ米大統領は9日、日鉄がUSスチールに対し「過半出資をすることはない」と述べた。大統領専用機内で記者団に話した。日鉄は計画の修正を迫られる公算が大きくなった。

■米鉄鋼労組、USスチールを告発(2月26日・夕)=全米鉄鋼労働組合(USW)は25日、USスチールを全米労働関係委員会(NLRB)に告発した。USスチールが日本製鉄による買収計画に反対の意見を言えないように、数カ月にわたり組合員に威嚇行為をしたと主張している。

■クリフス、日鉄の低金利調達を批判(2月26日・夕)=米鉄鋼のクリーブランド・クリフスのローレンコ・ゴンカルベス最高経営責任者は25日、「日鉄が日本の銀行システムからゼロに近い金利で資金を調達し、米国の主要なプレーヤーになることは鉄鋼業の将来に悪影響を与える」と批判した。日鉄はUSスチールの買収資金を日本の金融機関からの全額借り入れで賄う方針だが、CFIUSはこれまで日本の銀行や金利には言及していない。

■日鉄の買収、再審査命令48日)=トランプ米大統領は7日、USスチールの買収について、対米外国投資委員会(CFIUS)に再度審査を指示した。覚書によると、CFIUSが特定したリスクを軽減するための日鉄側の提案が十分かどうかを45日以内に大統領に報告する。

■USスチール買収再始動 米当局が再審査 日鉄幹部「要求実る」49日)=森高弘副会長は1日にラトニック米商務長官と面会。完全子会社化を前提に追加投資など新提案を示したとみられる。こうしたことが再審査につながった可能性がある。大統領が一度、中止命令を出した案件をCFIUSが再審査するのは初めて。
日鉄にとっては光明が差してきた格好だ。まずは45日間かけてCFIUSが審査を進める。
その後、CFIUS報告をもとに、大統領が15日以内に意思決定して公表する。

■トランプ氏「日鉄は投資家として戻ってきた」411日・夕)=トランプ米大統領は10日、USスチールは「我が国の歴史のなかでベーブ・ルースのようなビッグネームだ」「海外企業がUSスチールのブランドを買うのはつらいことだ」。USスチール買収計画に「私は取引を拒否したが(日鉄は)投資家として戻ってきた。私はより良いと思う」と述べた。

■日鉄が140億ドル投資検討。買収承認なら(5月20日)=ロイター通信は19日、USスチール買収計画を巡り日鉄が140億ドル(約2兆円)規模の投資を検討と報じた。政府承認を条件に新製鉄所への最大40億ドルの投資と100億ドル規模投資を準備している。これまでも完全子会社化を前提に、既存設備に対して約27億ドルの投資を公表してきた。日鉄はUSスチールの買収取引には141億ドルを投じると公表している。米国向けの巨額投資は、トランプ政権の意向に沿ったものといえる。

■日鉄のUSスチール買収、トランプ米大統領が承認(5月24日・夕)=トランプ大統領は23日、日本製鉄によるUSスチールの買収を承認した。自身のSNSに「これは計画的な提携(パートナーシップ)であり、7万人の雇用創出と米国経済に140億ドル(約2兆円)の貢献をもたらす」と投稿。USスチール買収の枠組みは明らかになっていない。日鉄はUSスチールの完全子会社化を目指している。

*日鉄、高級鋼市場に的 4兆円投資回収に自信(5月25日)=巨額投資の勝算は米国市場の有望さにある。「米国は世界最大の高級鋼市場」(日鉄)であり、性能の高い自動車などの最終製品が求められ、日鉄の技術力を生かして利幅を確保しやすい。日鉄の資料によると、米国の年間の鉄鋼消費量は9500万トンだが自給率は69%6600万トンにとどまる。
日鉄が高効率な最新設備を設ければ、市場開拓の伸びしろは大きい。市場開拓には投資金額の使い道がカギとなる。一つは自動車用鋼板だ。ボディーなどに使う「ハイテン(高張力鋼板)」や電動車のモーター用の電磁鋼板を生産する可能性がある。
もう一つは電炉設備だ。米国は電炉の原料となる鉄スクラップの蓄積量が多く日本よりも電炉が普及している。電炉先進国の米国で知見を蓄え、日本や海外でも相乗効果を得られる可能性がある。

■日鉄、USスチール買収で米に「黄金株」検討(5月28日)=日鉄がUSスチールの買収を巡り「黄金株」の米政府への譲渡を検討している。黄金株(拒否権付き種類株式)は1株でも取締役の選任・解任や株主総会決議を拒否できるなど通常の議決権よりも強い権限を持つ。米政府は日鉄の買収後もUSスチールへの影響力を保持できる。米国では原則、上場企業は黄金株の発行を認められていない。日鉄は買収が認められればUSスチールの全株式を買い取り上場廃止にする方針。上場廃止後に黄金株を発行し米政府へ譲渡することに制約はないとみられる。

■米鉄鋼、関税頼みのツケ(5月30日)=トランプ氏が日鉄の投資を受け入れざるを得なかった背景には米鉄鋼業の弱体化がある。USスチールは60年代まで世界最大の鉄鋼メーカーだったが、23年の粗鋼生産量は約1500万トンと日鉄の3分の1に縮小。経営危機の度に米国政府が関税など輸入規制で雇用や生産を守ることに終始し、技術革新の停滞が起きた。米国の粗鋼生産量の約7割が電炉だ。電炉でつくった鉄は建材など汎用鋼材に向く。自動車用鋼板は不純物が少ない高炉での生産が適しており、日鉄などはトヨタなど顧客の品質要求に合わせて技術を磨いてきた。鉄鋼業は操業技術で大きな違いが出る。日鉄は独自の操業技術を生かし、USスチールの既存設備も高級鋼の生産に生かせるとみる。

■日鉄買収「承認可能」 米商務長官(6月6日・夕)=日鉄による米USスチール買収計画を巡って、ラトニック米商務長官は5日、安全保障上の懸念を緩和する措置があれば「承認可能だ」とトランプ米大統領に勧告したと明かした。

■日鉄が完全子会社化へ USスチール買収(614日・夕)=日鉄は14日、USスチールの買収計画を巡り、安全保障上の懸念を払拭するための「国家安全保障協定」を米政府との間で結んだ。トランプ米大統領は米政府が提示した案で国家安全保障協定を結ぶことが条件とした。トランプ氏はバイデン前大統領が出した中止命令を修正する大統領令に発表。トランプ氏がこの大統領令を出した直後に、米政府との間で協定を結んだもよう。
日鉄は、米政府と協定も結んだことで「USスチールを完全子会社化する条件がすべてそろった」とコメントした。一方、日鉄はUSスチールの「黄金株(拒否権付き種類株式)」を米政府への付与も決めた。黄金株は1株でも経営の重要事項について拒否権を有する種類株式となる。国家安全保障協定と黄金株の2つを担保することで、米政府は一定の影響力を保持する。米政府に発行する黄金株に議決権はなく、日鉄が100%子会社とする方針は変わらない。
日鉄は2028年までに総額で約110億ドル(約1兆5800億円)をUSスチールに投資。老朽生産設備の改修や製鉄所の新設などに充てる。

■日鉄、USスチール買収完了(6月19日)=日鉄によるUSスチールの買収が18日、正式に完了した。約141億ドル(約2兆円)にのぼる買収費用の払込みを終え、USスチールは日鉄の完全子会社となった。日鉄が一貫して求めた100%子会社化で買収劇は決着した。

*「米政権の英断」=日鉄は19日、東京都内で記者会見を開いた。橋本英二会長兼最高経営責任者は「トランプ氏の歴史的な大英断。日鉄による新生USスチールの経営がスタートする」と述べた。

******** 日本製鉄 「再び世界一を目指す」**********

■USスチールに新製鉄所620日)=19日、橋本英二会長は「中国対抗の観点で、米政府と目的が合致した」と述べた。ペンシルベニア州のモンバレー製鉄所で生産設備を新設し、研究開発拠点も立ち上げる。既存製鉄所に属さない場所で、製鉄所の新設も計画する。建設完了は28年以降だが25年から初期投資を始める。日鉄によると米国の鋼材需要は年間8900万トンで最終製品や部品輸入分も含めれば実質的に15000万トンに上るという。これら総需要に対する自給率は55%にとどまり、ニーズ獲得の余地は大きい。

*安保協定と独立どう両立(黄金株)620日)=米政府にはUSスチールの黄金株を発行した。黄金株は既存のガバナンス方針から踏み込んでいる。米政府は実質的に取締役3人の選任に関与できる。黄金株を根拠とする社外取締役1人の人事権のほか、安保協定で対米外国投資委員会(CFIUS)の承認を得た2人の社外取締役を必要としたためだ。ただUSスチールの取締役は最大9人で、米政府が影響力を持つ3人では過半に及ばない。丸紅経済研究所の今村卓社長は「過半数を渡すと日鉄の自由度がなくなる。交渉のポイントだったのではないか」と指摘する。黄金株の保有には期限が設けられておらず、米政府は譲渡ができない。一方、通常の株式と異なり議決権がなく、配当受領の権利も持たない。

日鉄、5000億円借り入れ620日)=買収資金の2兆円は金融機関から調達したブリッジローン(つなぎ融資)で払い込んだ。有利子負債は足元の日本製鉄分とUSスチール(253月末で6000億円)を合わせると全体で約5兆円に膨らむ。投資家の視点は財務戦略に移る。買収資金の借り換え・返済や、製鉄所新設などのための資金確保が欠かせない。負債圧縮やUSスチールの利益成長など対応すべき課題は多い。日鉄は19日にかけ、特殊な方式による5000億円の借り入れ策を示したほか、増資も視野に入れていると述べた。



            <日鉄のUSスチール買収計画の背景>

■日鉄・橋本会長、「日本鉄鋼業を取り巻く環境と課題」講演(24年6月18日・日経)

*〔日本の「純内需」はピークから半減〕=日本の国内鋼材需要のピークは1990年、鋼材需要(11100万トン)の内訳は海外向けが1700万トン、国内需要が9400万トンだった。国内需要の内訳は、間接輸出1800万トン、国内「純内需」が7600万トンだった。 
2023年の鋼材需要は8200万トン。90年には7600万トンあった純内需は4200万トン(45%)減の3300万トンと半減した。このことは2000年以降、顕著だったが鉄鋼業界は手を打たず、対策が遅れ低迷状態に陥った。

*〔米国の鉄鋼業界の現状〕=米国の鉄鋼メジャー6社のうち高炉ミルは2社しかないが、今世界で一番儲かっているのは米国高炉ミル。米国の鉄鋼メーカーが(能力増強を行わず)、常に需給がタイトになるような生産を行っているからだ。米国の年間の鋼材需要は約1億トンだが、メジャー6社の生産量は7500万トン。電炉メーカーにしても、原料の鉄スクラップがある一定の価格を超えたら減産を実施するなど、数量にこだわらずマージンを優先する姿勢を貫いており、その結果として米国では鉄鋼メーカーも流通も儲かっている。

■〈ビジネスTODAY〉日鉄、米印「地産地消」シフト 日本市場の縮小に対応(9月25日・日経)=日鉄は7月には宝山鋼鉄との合弁会社の株式売却を決めたばかりだが、ポスコ株の売却を決めた。米国やインドに経営資源を投下し、「地産地消」にシフトする。
米国では鉄鋼大手USスチールを141億ドル(約2兆円)の買収計画を進め、インドではアルセロール・ミタルとの合弁会社が1兆円規模を投じて高炉2基の建設を進めている。一方、国内では高炉を削減するなどの構造改革を進めてきた。日鉄はUSスチール買収に向けて、27億ドル超の追加投資も表明。海外を中心とし成長投資に向けて資本効率の改善を進めており、ポスコ株の売却もその一環となる。

■NIPPON STEELへの挑戦(上)  日鉄、3極で地産地消(8月10日・日経)=日本製鉄の海外戦略が歴史的な転換点を迎えている。中国・宝山鋼鉄との協力関係を事実上打ち切り、かわって米印、東南アジアの3極で高炉など上工程から一貫生産する「地産地消」の実現に挑む。

*日鉄はUSスチール買収に不退転の覚悟で臨む。米国は先進国では例外的に人口増加が続く。製造業の米国回帰も進むなか、今後も堅調な鋼材需要が期待できる。

*中国では事業縮小を決めた。中国には粗鋼生産量で世界上位10社のうち6社が乱立。鋼材市場は過当競争の様相を呈している。さらに電気自動車(EV)への転換が急速に進み、日系自動車各社は苦戦を余儀なくされている。森氏は「今はリスクの方が高い」と断じる。

*日鉄の粗鋼生産能力は現在6600万トンだが、1億トンに増やす方針だ。この上積み分は森氏は「3極に集中する」と述べ、米国、インド、東南アジア諸国連合(ASEAN)を挙げる。

*NIPPON STEELへの挑戦(下)  脱炭素へ電炉転換検討 水素製鉄、実用化は遠く(8月11日・日経)=国内のCO2総排出量の13%。鉄鋼業は製造業で最も多いCO2排出量を占める。日鉄は「CO2ゼロ」までの設備投資に4兆~5兆円、研究開発費に5000億円が必要とはじく。

30年の導入を見込むのが大型電炉だ。検討対象は八幡など2カ所。大型電炉が導入されれば既存高炉は閉じる公算が大きい。脱炭素技術の本命が水素還元製鉄だ。高炉での実証試験を始めるのは26年。CO2半減技術の確立は40年になるとみている。

*技術以上のハードルが脱炭素電源の整備だ。日鉄幹部からは「今の橋本氏の関心は米USスチールよりも原子力発電所の動向に移っているようだ」との声も漏れる。

日本政府がエネルギーの脱炭素化に踏み込めない場合、日鉄の脱炭素技術の実用化は海外が先ということになりかねない。脱炭素の実現には、政府も巻き込んだ議論が必要になる。


                     以上