*カーボンニュートラル対策とは=温室効果ガス(GHG)排出量の人為的、自然的吸収量を、今世紀後半までに同量に保ち、GHG排出量を実質的にゼロとする世界的な取組み全体を指す。
2026年4月版・SSJ冨高作成
歴史背景
1992年のブラジル・リオデジャネイロの「地球サミット」以来、地球温暖化防止は国際的な枠組みとなった。2015年パリ会議は、「産業革命前と比較して2℃より充分低く抑え、1.5℃に抑える努力を追求する。今世紀後半に温室効果ガス(GHG)排出量を実質的にゼロにする(ゼロ・カーボン」との目標を掲げた(パリ協定)。2021年1月米大統領に就任したバイデン氏は低炭素社会の実現を地球的課題として提唱し、温暖化防止は国際的な政治課題となり、日本政府も2050年にCO2排出実質ゼロ(カーボンニュートラル)方針を打ち出した。
Ⅰ 世界と日本政府の取り組み
その対策として先進各国はCO2排出に税制上の抑制と、(この税制を前提とした)CO2排出量の民間取引制度を導入した。それが「炭素税」と「排出量取引制度」である。
1 炭素税=北欧やEU各国は1990年以降、CO2排出量に応じた「炭素税」を導入、北米ではカナダも30年までに1トン135ドル(約1.5万円)に引き上げを掲げた。日本では炭素税にあたる温暖化対策税は1トン289円。東欧や東南アジアと比べても低い(注1)。
*注1 日本・炭素税先送り(22年12月17日・日経)=(23年度与党税制改正大綱では)CO2排出量に応じて企業に負担を求める炭素税は22年度改正に続いて棚上げにした。
*東南ア、広がる炭素税導入(25年3月4日・日経)=東南アジアで炭素税が広がってきた。タイは1月、炭素税の導入案を閣議で承認した。石油製品製造企業に対し、製品出荷時にCO2排出量1トンあたり200バーツ(約900円)を課す。マレーシアは26年までに鉄鋼やエネルギー業界に炭素税を導入する方針。インドネシアは25年内にも導入する可能性がある。
2 排出量取引制度(ETS)=国が個別企業のCO2排出上限枠を決め、達成企業がその排出枠をオープンマーケットで自由に取引する手法を通じて、排出量抑制を市場に委ねる制度である。国内排出量取引制度 | 諸外国における実施・検討状況 | 地球環境・国際環境協力 | 環境省
2-1 日本版排出量取引(GX-ETS)制度 4月からスタート
国の排出量取引制度が4月1日、始まった(注2)。無償で割り当てられる排出枠に基づき、過不足があれば枠を売買できる。実際の売買は来年中に開始される予定で、対象はCO2の直接排出量が直近3年平均で10万トンを超える企業。企業には実際の排出量などに基づいて当初は企業に無償で排出枠が割り当てられ、枠を超えるCO2を出した場合は排出量取引市場で超過分の枠を調達する必要がある。逆に排出量が少なく、枠が余った場合、売却や繰越しができる。*注2=脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律 | e-Gov 法令検索
2-2 排出量取引制度(ETS)では=企業はGX推進法により、CO2排出を枠内に抑制しなければならない。枠内超過分は、東証のJ―クレジット価格を使って排出量を減らす必要がある。未達の場合は、ペナルティとして市場価格より高い「罰金(「特定事業者負担金」)が課される(法・36条)。国際エネルギー機関試算では、50年に排出量実質ゼロにするには炭素価格が先進国で30年に1トン140ドル、35年に180ドルにする必要がある。経産省は、企業がJ―クレジットで削減できる量を排出量の10%までとする方向のほか、排出枠価格に上下限を設定する。
*排出量取引制度(GX-ETS)その概要=https://gx-league.go.jp/action/gxets/ *経産省説明=001_03_00.pdf
2-3 企業のCO2排出開示義務化(25年8月30日)=金融庁は温暖化ガス排出量などの開示義務化に向けた工程を公表。時価総額3兆円以上の企業は27年3月期から、1兆円以上3兆円未満は28年3月期からCO2排出開示が必要になる。28年に1兆円以上の約180社、2年後に5000億円以上の約300社と広げ、最終的に東証プライム全社(約1600社)に適用する。
Ⅱ 国境炭素税とEUの炭素国境調整メカニズム(CBAM)
1 国境炭素税とは=CO2の排出量に応じて課税する「炭素税」の税率は国によって違いがあり、貿易上の抜け穴となる。CO2排出規制が緩い国からの輸入品に事実上の関税をかけ、価格差を相殺する措置。鉄鋼とセメント、アルミニウム、肥料、電力、水素が当面の対象とする。26年分の申告期限は27年5月31日から。CBAM証書の販売は27年2月1日から始まる。
*CBAM政策(Carbon Border Adjustment Mechanism)=EU域内の企業が環境規制の緩い他国に拠点を移して規制を逃れるのを防ぐのが目的。国境炭素調整課税によって域内外の負担水準にそろえ、他国にも環境対策の強化を促す。EU版排出量取引制度のもと23年10月から炭素排出量報告義務を課す移行期間が始まり、2026年1月から本格的要が始まった。
*Jetro資料は下記参照 intro_situation.pdf
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2023/0801/a48cfe7206a68970.html
https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/11/720bcb9b39b60203.html?utm_source=chatgpt.com
2 EU、「国境炭素税」の対象拡大へ 180品目追加、建機や家電も(時事通信25年12月18日05時13分配信)=EUの欧州委員会は17日、「炭素国境調整措置(国境炭素税)」の対象を拡大する法案を発表。鉄鋼やアルミは既に対象だが、これらを素材として多用する建設機械や自動車部品、洗濯機を含む一部家電など180品目も適用範囲に加える。手続きが複雑になり過ぎないよう対象を絞る。欧州議会と加盟国の承認を経て、28年1月の発効を目指す。
3 EUの国境炭素調整証書価格、26年1Qは75.36ユーロ(26年4月9日・テックスレポート)=欧州委員会は7日、国境炭素調整措置(CBAM)で使用する証書価格を26年1~3月期は1トン当たり75.36ユーロと発表。名目上はEU域内の輸入者が証書を購入する。炭素排出量に応じて負担が決まるため、高炉法で生産された鋼材は不利となりやすく、電炉材など低排出材は相対的に競争力が高まる構図。それだけにとどまらず、「国境炭素税」の対象が建機や家電など180品目に追加されれば、(炭素税が極めて低い)日本の鉄鋼産業そのものの死命に係わった。この対策としてEU版排出量取引制度に続いて、26年4月から日本版排出量取引制度が始まり、高炉各社も下記とおり排出量抑制と「ゼロカーボン鋼材」発売に生き残りを賭けた。
Ⅲ 世界企業と鉄鋼各社の取り組み
先進各国がゼロ・カーボンを国際的公約に掲げる中、民間ビジネスでも「商品やサービスの原材料の調達から生産、流通を経て、廃棄・リサイクルに至るライフサイクル全体を通じてCO2削」への減努力が求められた。それも自社の直接活動領域(スコープ1,2)だけでなく、ビジネスパートナーとの物流全領域(スコープ3)に広く及ぶとの行動規範が新たに登場した。
*注3 スコープ(SCOPE=範囲)3とは=自社の事業活動のCO2の直接排出を「スコープ(範囲)1」とし、他社から供給された電力など熱源使用に伴う排出を「スコープ2」とする。これに対し、「スコープ3」は(1および2以外の)原材料の調達、輸送・配送、使用後の廃棄排出量まで(サプライチェーン全体を網羅的に)事業活動に伴うあらゆる排出量を指す。
1 企業の取組み
*その実例1 マイクロソフト、CO2排出枠50万トン購入(24年7月10日・日経夕)=米マイクロソフトは空気から直接回収する二酸化炭素(CO2)のクレジット(排出枠)を購入する。CO2の枠を6年間にわたり計50万トン調達する。生成AIは運用に膨大な電力を要するため、データセンターなどで多量のCO2を排出する見通しだ。今回の取引は、これを相殺する狙いがある。
*その実例2 大成建設、全物件ゼロエネ(25年1月30日・日経)=大成建設は29年までに、設計から工事まで新築ビル全てを環境に配慮した「ゼロ・エネルギー・ビル(ZEB)」にする。国内のCO2排出量のうち建築物は3割を占める。鹿島や大林組もCO2排出量の見積もりツールを開発。竹中工務店や清水建設はZEBに必要な環境性能とデザインを設計できるようにした。
*その実例3 会計データでCO2算定(25年12月22日・日経夕)=SCSKはCO2排出量算定サービスを、OBCの「勘定奉行クラウド」と連携可能にした。OBCの会計データを基に日々の会計業務で蓄積した仕訳・勘定科目のデータをそのままCO2排出量算定に活用できる。
2 鉄鋼会社の取組み
1 グリーン鋼材市場、各国でブランド立ち上げ(4月14日・テックスレポート)=欧州委員会は7日、炭素国境調整措置(CBAM)で使用する証書価格について、2026年1~3月期(第1四半期)を75.36ユーロと初めて公表した。コークス高炉製鋼では鋼材1トン当たり2トンのCO2を排出する。この場合、約150ユーロの追加コストが発生する計算となる。
CBAMにより鋼材の炭素コストが顕在化する中、世界の鉄鋼メーカーは低CO2鋼材(グリーン鋼材)の拡販を加速しており、日本では神戸製鋼が「コベナブル・スチール」を2022年に展開。日本製鉄の「NSカーボレックスニュートラル」、JFEスチールの「JGreeX」と、高炉3社がマスバランス方式のブランドを打ち出しているほか、東京製鉄やヤマトスチールも独自ブランドを展開。欧米でもCO2排出量を抑えた鋼材も増加している。
*低CO2鋼材、高コスト負担が課題=国際エネルギー機関(IEA)によれば、低排出鋼材の供給能力は2030年に1000万トン規模に拡大する一方、需要は500万トン程度にとどまる見通しで、当面は供給が需要を上回る状況が続く。特にトン当たり30~50ドル程度とされるプレミア価格の受容には業種・地域間で温度差が大きく、コスト負担を巡る調整が普及のボトルネックとなっている。制度面の整備が進む一方で、実需の立ち上がりには時間を要する見通しだ。
Ⅳ 鉄鋼及び鉄スクラップに対するカーボンニュートラル対策
1 その前提としての「不都合な真実」・高炉設備は「座礁資産」(財政対策)
2023年3月1日の日経新聞によれば、国際決済銀行(BIS)は脱炭素化により、経済価値を失う座礁資産が最大18兆ドルとはじいた。例示されたのが電力や鉄鋼、運輸、化学企業。そうした資産を担保とする銀行は融資返済が滞りかねない事態に直面する。そこで登場したのが温暖化ガス技術が実用化されるまでの「つなぎ」資金供給。その記事のタイトルが「脱炭素と金融(上)移行金融、電力や鉄鋼、債券発行や融資で『つなぎ役』の投資後押し」だ。
1-2 GX債、水素などへ10年20兆円(24年2月15日・日経)=GX経済移行債はカーボンニュートラルの実現に向け、政府が脱炭素支援資金を調達する新しい国債だ。10年間で20兆円規模の発行を予定する。鉄鋼や化学など製造業の脱炭素に10年間で1.3兆円を充てる。GX債の償還財源は、CO2排出に課金するカーボンプライシングの2つの手法を使う。
28年度から化石燃料の輸入企業に賦課金を求める。33年度からは排出量取引制度で電力会社にCO2排出枠を買い取ってもらうようにし、それを償還財源にする。
1-3 GX補助金、要件を改正(25年12月2日)=32年度までに20兆円発行するGX経済移行債を原資とする。補助金を得るには原則、官民組織の「GXリーグ」に入る必要がある。参加企業は、自社が直接・間接的に排出するCO2の目標量を定めなければならない。目標実績は第三者機関評価を必要とする。製品調達や供給網の脱炭素に関連する2項目以上の取り組みの実施を求める。取引先含めた供給網全体でのCO2排出量の算定(スコープ3)も選択肢の一つにする。経産省はグリーン調達補助金などで、脱炭素を巡る需要と供給の双方をてこ入れする。
2 鉄鋼、鉄スクラップ、原料対策(「鉄スクラップの囲い込み」)
2-1 政府の対策=政府は26年3月10日、第3回日本成長戦略会議を開き、戦略17分野と先行的に検討する27案件のロードマップに向けた案を示し、資源・エネルギー安全保障・GXの分野ではグリーン鉄を取り上げた。2050年には脱炭素鋼材は世界全体で5億トンに拡大する可能性があるとし、大型革新電炉等への設備補助・AI等を用いたスクラップ選別効率化技術開発支援・スクラップ高度選別設備や大型シュレッダー施設への設備投資支援・高品位スクラップ鉄増産リサイクル施設への設備投資支援などを検討課題とした。shiryou2.pdf
2―2 高炉の対策=既存高炉の製銑・製鋼法は、鉄鉱石採掘、外洋輸送、コークス製銑、製鋼の4工程を必要とし、1トンの鋼(スチール)生産に約2トンのCO2を排出する。座礁資産と目された国内高炉各社は、長期的には水素製鋼法を、2030年度までには直接還元鉄法(水素・メタン還元)を開発し、当面は電炉製鋼法にシフトする計画である。
日本製鉄は国内高炉を15基から10基に減却し、八幡・広畑に大型電炉を導入。JFEスチールは水島第2高炉を2027年に廃却。大型電炉を設置する。神戸製鋼も「加古川高炉の電炉の切替えは選択肢」とする方針を公表。さらに高炉各社は、系列鉄鋼商社の完全子会社化、大手商社や直納業者との関係強化、自社だけでなく系列、関連企業の製造工程スクラップの「リターン回収」増強化、など流通全般の再整備を進めた。
2-3 電炉の対策=前記の高炉各社の動きから、鉄スクラップ安定確保の課題に直面した。この対策にいち早く動いたのが東京製鉄だった。ゼネコンや鉄スクラップ業者と連携し、製造から回収までのクローズ循環輪を作り、市中鉄スクラップの海外流失阻止のため「輸出(価格)に対してプラスの値段を提示する」方針を打ち出した。また22年以降、主要港湾(名古屋港、尼崎港、船橋港)に集荷・船積みサテライトを整備した。さらに同社は26年3月9日「2025統合報告書」を公開。そのなかで「当社は生産量を2030年に600万トン、2050年に1,000万トンまで拡大し、高炉鋼材から電炉鋼材への置き換えを推進することにより、『カーボンマイナス』実現に貢献する」と宣言した。Tokyo_Steel_Integrated_Report_2025_single.pdf
以上