始めに
私は業界に40年以上にわたり随伴してきた。リタイヤしてすでに11年。私の出番などはない。
しかし今、「金属類営業条例」が全国31都府県をターゲットに制定されようとしている。
そのことに関し、金属類営業条例の変遷をウオッチした者としての責任で発言する。
1 そのため千葉県議会が千葉県特定金属類取扱業規制条例を可決した(7月9日)直後の7月10日、「千葉県特定金属類取扱業規制条例と『囲い込み』を考える(Vol.1)」との標題でhpにアップした(https://steelstory.jp/market/5428/)。
2 また、その論点を精査するため8月26日「千葉県特定金属類取扱業規制条例と「囲い込み」を考える Vol.2」https://steelstory.jp/market/5550/をhpで発信した。
3 この論考の反応には多くは期待していなかった。が「千葉県特定金属類取扱業規制条例」画面をクリックすると「条例骨子案」の直下に、私の論考がアップされ、千葉県警の「条例制定」に続いて一般財団法人 地方自治研究機構の「金属取扱業を規制する条例(金属くず条例)」http://www.rilg.or.jp/htdocs/img/reiki/158_kinzoku.htmがリストアップされていた(*)。
*「金属くず条例」、「金属くず営業条例」等の制定経緯、制定状況等については、冨高幸雄著「日本鉄スクラップ業者現代史」(スチールストーリーJAPAN)第二部 復活する金属屑営業条例(29頁~127頁)が極めて詳しい(その概要は、スチールストーリーJAPAN HP「金属屑営業条例(概説)」https://steelstory.jp/で見ることができる)。「なお、各都道府県の条例の制定・改廃の詳しい状況については、スチールストーリーJAPAN)第二部 復活する金属屑営業条例(29頁~127頁)又はスチールストーリーJAPAN HP「金属屑営業条例(概説)」を参照されたい。本稿は、これらを参考にしている」。
・同機構は、私の調査資料を参考文献に、条例の制定から改廃に至る歴史的経緯を紹介している。歴史的経緯と背景に関しては、地方自治研究機構も参考文献として承認したようだ。
あとは、金属類取扱い条例の復活をどう考えるか・・・その論考だけとなった。
それが「Vol.3」の今回のテーマである。
論点を整理しよう。
Vol.1 Vol.2では、もっぱら法制の観点から、日本鉄リサイクル工業会の姿勢を論じてきた。
では、ビジネスの現場では、この条例をどう見ているのか。そのなかでVol.2のhpアップに先立ち、私は業界幹部の会社経営者と条例制定の可否について率直にメール交換した。
関係者の声
関係者は、盗難多発に死活の危機を感じている。
「太陽光発電協会などは、電線の盗難が多すぎて、盗難保険が掛けられない状態」だ。
また公平な競争ならビジネスの世界だが、「労働基準法、建築基準法、安全衛生法、大気汚染防止法、水質汚濁防止法、などあらゆる法律を守っていない」相手との競争は、「悪貨が良貨を駆逐する状況だ」(関係者からの返信1 24/08/18)。
「公権力が市場の取引や民間企業の正常な運営に手を入れてくることは、あってはならないことですが、違法操業者を取り締まるだけの人的余力もない警察や自治体が、適正な操業者に口出しをすることは物理的に不可能ではないかと思いました」(関係者からの返信2 24/08/22)。
(とはいえこれらの条例)「施策が思いもよらない形で逆に作用することもあることを懸念として持つべきではないかと思っています」(関係者からの返信 4 24/08/31)
「我々の今の動きは、近い将来の業界で裁かれることになります。リサイクル産業界に身を置くものとして、ささやかながらも意見発信をする立場の者として引き締めてまいりたいと思います」(関係者からの返信 3 24/08/27)・・・との覚悟の言葉を聞いた。
冨高の考え
ビジネスは理屈ではない。現場から発想し、商機を失うことなく、迅速に打開を図る。
その方針に忠実に、日本鉄リサイクル工業会及び関係者は動いている。
法に頼るなら、行政に依拠するなら、法の怖さを知れ、行政の運用を知れ、それが私の立論です。二つの考えがあり、それぞれにそれを主張する根拠らしきものを持っている。
では、なにが正しいのか。その答えは私も知らない。後の歴史の問題です。
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なお、以下の通りに関係者とのメール交換のデータを提示します。
個人情報保護のため名前は秘匿します。
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****様 2024/08/18 日曜日 15:29
****様、参考資料として「千葉県特定金属類取扱業規制条例と『囲い込み』を考える」をお送りします。金属屑営業条例の歴史的経緯を踏まえ、かつ団体会活動の本旨に照らし、日本鉄リサイクル工業会の最近の活動方針には強烈な違和感がある。
その違和感の内容を精査したのが、「千葉県特定金属類取扱業規制条例と『囲い込み』を考える」であり、その「バージョン2」です。ご参考までに送信します。
なおスチールストーリーJAPANのhpにバージョン2をアップする予定です。
冨高幸雄
関係者からの返信 1 2024/08/18 日曜日 21:40
記事案のご共有ありがとうございます。いろいろな課題や意見のある問題だと考えております。私なりに、直面していること、考えていることを箇条書きにし、以下お送りします。
- 1 なるべく自由でありたいという気持ちを持っていました。
ただし、スクラップという企業にとっての「不用品」を扱う業態であり、価格以外の付加価値を認めてもらいづらい➡スクラップの発生側は、適正性を守ることの動機づけが小さい。
だから、悪貨が良貨を駆逐する状況になっていると認識しています。
- 2 公平な競争ならば、高い仕入れ価格提示で、買おうがなんであろうが構わないのですが、その高買いの源泉は、労働基準法、建築基準法、安全衛生法、大気汚染防止法、水質汚濁防止法、などあらゆる法律を守っていない事も大きな要因であることが、外形的に判断されます。
- 警察の弱体化
人数も減り、従来の法律においても不適正操業者を取り締まりができる状態ではなく法の実行性がないのです。不適正ヤードが違法操業をしていても、立件し、公判を維持するだけの証拠を集めるには、時間と労力がかかり、取り組み切れない。➡そこからスクラップヤード条例によって、ヤード事業者側に適正性の立証をさせる以外方策がないという流れになっている。
- 法規制の実際
環境省が廃掃法改正を2019年に行い、有害使用済機器という雑品を保有する会社は、届け出をすることになっていますが、全国の届け出件数は五百数十件で、ほとんどの会社は申請していません。申請の窓口である自治体も、人が減って、取り締まることが出来ていません。
- ビジネスの実際1
従来ヤードと新旧不適正ヤードで、同じ水準で同じ規制がかかるのであれば、公平な競争環境下にあるのではないか。実際に、従来事業者で、法令違反がある会社の中には、このような条例を嫌がる会社もあります。ただ、公平な基準なので、違法部分は対応してもらいたいと思います。
- ビジネスの実際2
太陽光発電協会などは、電線の盗難が多すぎて、盗難保険が掛けられない状態で、彼らの死活問題となっている。盗難品を買わないなどスクラップ業界の適正化についての要請を受けています。
その返信を受けて 1 2024/08/19 月曜日 10:31
早速の、かつ率直なご意見を戴きました。ありがとうございます。
ただ私は「それでも、なお」と考えています。
鉄スクラップの特性(古物ではなく廃品である)から見て、ご指摘のとおり法令順守のインセンティブは働きにくく「悪貨が良貨を駆逐する」事例は少なくありません。が、それは「特性」であれば、今に始まったことではありません。67年前の1957年も同様でした
(その資料として「大阪府議会速記録・屑営業条例懇談会」をお送りします)。
では、なぜ今なのか。私は金属営業条例の歴史的経緯を見て、今を考えました。
その時、私の頭に浮かんだのは「法の無知は害する」との法の格言でした。
そう、その言葉から「歴史の無知は害する」との思いが浮かびました。
であれば、歴史の文脈から金属営業条例を今一度、考えて見よう。その思いでした。
わたしは(このように見方が分かれ、利害が錯綜するとき)、自身の判断の前提として、「最もシンプルな原理・原則から考える」、「公理」「公式」から考えるのを常としています。
金属営業条例とは何か。警察条例に業の死活の権限を委ねることとは何か。
組合活動、ことに全国の同業者を束ねる組合活動とは何か。
組合活動の本旨とは何か。業の自由とは何か。
ではその解とは何か。
現実を知らない空論だとの指摘は、すでに承知しています。
では「警察条例に業の死活の権限を委ねた」その将来の想像力は、どうか。
その解とは何か。
現実(渡来系ヤード業者の増加。金属類の盗難多発)は常に過酷です。
だからこそ、原理・原則。「業の理念」を守る。
これは憲法9条の改憲論にも似た問題でもあろうと考えています。 以上
関係者からの返信 2 2024/08/22 木曜日 20:50
ご高見拝受しました。様々な見地からの意見があってしかるべきで、高い視座からのご意見をありがとうございます。
リサイクル産業は、・可能な限り自由な商環境で
・公平公正なマーケットがあり
・社会に調和するリサイクル産業であり
・我が国の資源循環に資するもの
というものであるべきだと思っています。
1990年代から30年近く、輸出系リサイクラーが、その資本力や中国という需要の力をもって、台頭すること自体は良いのですが、今の不法ヤードのあり方が、違法度がひどすぎて、もはや看過できないレベルまでとなっているというのが現状かと思います。
取り締まりを訴えても、警察も多数あるヤード事業者を立証・立件していくことが難しく、無法状態となっているという状況が続き、公正な競争とは到底言えない中で、次世代を担うリサイクル産業とは言えない有様です。
相互主義の観点からも、日本のリサイクラーは中国、東南アジアでヤード開設をすることは、ライセンス取得の点から非常に難しく、また袖の下を求められる商環境への参入障壁が高い一方で、現在の我が国において金属商に関しては、ほぼ規制なく進出してくることが出来るという、ところも公正さを欠いているとも言えます。
それらを、解決するために、公正な競争環境は担保しつつ社会で受け入れられるような運営ができる会社が操業することが出来るというようなリサイクル産業にしたいという気持ちであります。
公権力が市場の取引や民間企業の正常な運営に手を入れてくることは、そもそもあってはならないことですが、違法操業者を取り締まるだけの人的余力もない警察や自治体が、適正な操業者に口出しをすることは物理的に不可能ではないかと思いました。
その返信を受けて 2 2024/08/26 月曜日 13:36
私は8月18日発信のメールで文末に「なおスチールストーリーJAPANのhpにバージョン2をアップする予定です」と追伸いたしました。
ただ、この間、スチールストーリーJAPANのhpにバージョン2をアップすることに関しては、熟慮いたしました。業界の現状を無視した「傍観者の空論」との自問もありました。
如何すべきか。本当に迷いました。そのなか22日付のメールを頂戴しました(返信2)。
「リサイクル産業は、・可能な限り自由な商環境で・公平公正なマーケットがあり・社会に調和するリサイクル産業であり・我が国の資源循環に資するものというものであるべきだと思っています」とありました。しかし、にもかかわらず、違法業者が跋扈する現実があり、警察条例に頼らざるを得ない苦境がある。現場からの発信ならではの、ご意見と誠実な返信を承りました。
ただ私は、状況が混沌とし、利害が錯綜し、現実論が多数となるとき、常に原則から考えます。空論と笑われようが、「空気を読めない」と非難されようが、少数者であることに屈しません。
NHK・BSのトップインタビュー(8月24日午後11時10分)で日本製鉄の橋本会長が、迷ったときは「論理と数字で判断する」と答えていました。
そう。私も迷ったときは「論理」で筋を通します。
議場が賛成、賛成の満票で沸き立つとき、敢えて反対の1票を投じる。
その1票が満票に対峙する。歴史はその1票の意味を考えるからです。
関係者からの返信 3 2024/08/27 火曜日 11:33
誠実で信念を感じるご返信をいただき、心動かされるものがございます。
立場や置かれた状況についての違いが、意見の相違になっていると思いますが、リサイクル産業に対しての想いは一致しているのではないかと感じました。
筋を通すことと、倫理的に正しいのかどうか、ということを持ちながらも、事業者として、現場を抱えるものとして現実と向き合うことを避けないということであります。
我々の今の動きは、近い将来の業界で裁かれることになります。
リサイクル産業界に身を置くものとして、ささやかながらも意見発信をする立場の者として引き締めてまいりたいと思います。
その返信を受けて 3 2024年8月28日
Hp(https://steelstory.jp)の作成・更新も、また書籍出版も、半ばは趣味ですが、半ば以上に本気です。その思いから、時に感じては、信じるところを発信し続けてきました。
このたびは****様から、温かい「理解」のあるお言葉を戴きました。
まことにありがとうございました。
関係者からの返信 4 2024/08/31 土曜日 09:25
(前略)
木谷会長が進められている「適正ヤード推進」は、メールでもお伝えしております通り、目の前の現実との向き合いから方向性として賛同するものでありますが、作用反作用といいますか、動学的不整合性と言いますか、施策が思いもよらない形で逆に作用することもあることを懸念として持つべきではないかと思っています(中国のレアアース輸出制限を受けて、各国のレアアースの代替研究が進んだことなど、施策をした中国の思惑とは反対の結果が出てしまったことが思い起こされます)。木谷会長のことですからお考えのことかとは思いますが。
その返信を受けて 4 2024/09/03 火曜日 22:17
「千葉県特定金属類取扱業規制条例と『囲い込み』を考える(Vol.3)」として別送のhp用のコメントを用意しました。
なぜ今更、Vol.3かと言えば、****様のご意見でした。条例制定を求める関係者の声と法制上の建前としての論議を・・・どちらが正しいではなく、どのような考えが並立しているかを、中立的に論じるべきだとの気づきでした。
ですから今回Vol.3として****様のご意見を活用させて戴きました。
なお補足、追加意見もよろしくお願いします。
関係者からの返信 5 2024/09/04 水曜日 09:47
私の返信を大変丁寧にまとめていただき、富高様の過去の金属くず営業条例施行の歴史を紐解かれたところやその考察と書簡の往復という形をとりながら良い議論をさせていただいたと改めて感じた次第です。Hpでアップいただくこと、私の方は何ら問題ございません。
このような議論があった記録としてとても良いものと思います。
- 追加してお伝えしたいことがあります。
日本でヤードを複数展開する、とある中国系の大手スクラップ事業者の日本人マネージャーと会話した際に『中国系のスクラップヤード業者で違法操業しているところは「こんな条例の届け出はしない」と言っている。このままだと、結局真面目に届け出・申請するところだけ、設備投資やコンプライアンスコストを払っていくことになり正直者が馬鹿を見ることになる。
だから届け出制はあまり賛成していない」という話がありました。
まさに、ここ数年間、法やルールの実行性が重要だと何度も行政側とも話をしてきたことで「いいルールでも、実効性がなければ逆効果に働く。取り締まれることをやってほしい。」ということです。
今回、届け出制にすることで、遵法の立証は申請業者側に負ってもらうこととしていますが申請していない違法操業者への取り締まりを行わなければ、最悪の結果を招くことになります。これが差し迫った課題になると思います。
以上