1 世界情勢について
■世界は分断状態にある=ロシア侵攻前の20年、2060万㌧あったウクライナの粗鋼生産は23年620万㌧に、400万㌧あったロシアの鉄スクラップ輸出は23年には90万㌧に、それぞれ激減した。世界粗鋼生産は22年以降18億9000万㌧前後で頭打ち状態にある(鉄源年報24年8月。第35号)。不動産バブルがはじけた中国経済は大きく落ち込み、鉄鋼輸出のダンピングとなって浮上。トランプ再登場は関税引き上げ競争となって世界経済を分断する恐れがある。
■にもかかわらずカーボンニュートラルは進む=トランプ次期大統領は地球温暖化防止の枠組みであるパリ協定から離脱するだろうが、「にもかかわらずカーボンニュートラルは進む」。温暖化防止なくしては人類の明日はないからだ。
さらに言えばカーボンニュートラルの目標年次は、トランプの大統領任期の4年よりはるかに長い。全産業中最大のCO2排出は鉄鋼業と自動車産業。だから自動車産業は電気自動車の開発にしのぎを削り、鉄鋼各社は新製鉄法の開発を急ぐ。
2 25年はカーボンニュートラルの中間点と考えよう
■電炉生産へシフト=カーボンニュートラルは21年に大統領に就任したバイデンの呼びかけから本格化し、50年に向け「排出量と吸収量の差引きゼロを目指す」(それが「カーボンニュートラ」)。鉄鋼各社が30年までの中期的目標としたのが、高炉の水素還元開発などだ。25年はその折り返し年。当面の対策が、CO2排出を高炉の4分の1に抑える電炉生産へのシフトだ。
■日本の世界的な立ち位置=22年現在、電炉生産比率が高いのがイタリア84.0%、トルコ71.5%、アメリカ69.0%、インド65.8%など。日本は世界平均28.2%を下回る26.7%だ。
また鉄スクラップ発生量が多いトップ5は中国、アメリカ、日本、ロシア、韓国。
*つまりイタリアやトルコ、アメリカは電炉大国だが、日本は高炉依存大国でかつ鉄スクラップ発生大国。従って鉄スクラップ輸出でも、アメリカ、英国に次ぐ世界のトップ3の鉄スクラップ輸出大国である。今後、電炉と鉄スクラップは今後のカーボンニュートラルへの切り札となる。その時、日本の鉄鋼会社と鉄スクラップ企業はどう動くか。それが25年問題である。
■電炉メリットを最大限に活かす東鉄の動き=東鉄は30年を目標に13年度比で60%減、50年100%減を掲げて全方位的に動いた。それが発生工場や建物解体現場や鉄スクラップ回収・加工企業と「鉄リサイクル循環・回収・生産」の枠組み(注1)であり、輸出流出に対抗した購入価格策(注2)であり、国内玉確保のための湾岸サテライト集荷(注3)の試みだ。
カーボンニュートラルはサプライチェーン全体を網羅的に含む(スコープ3)。CO2排出は生産・加工工程だけでなく集・出荷にも係るから、東鉄はCO2排出の多い陸上集荷から、より発生が抑制される海上荷受けにシフトしたとも見られる。
■高炉はどう動く=日本の鉄鋼需給は日鉄とJFE、神鋼の高炉3社とその傘下電炉と独立系の東鉄で動く。高炉生産シェアは75%前後。圧倒的な存在感を発揮したが、高炉設備の見直しが無しの課題となり、高炉各社は段階的にコークス高炉設備を廃却し、大型電炉設備の入れ替え・導入の検討を迫られた。そのなかで表面化したのが日鉄によるUSスチールの買収劇だった。
■日鉄のUSスチール買収背景を考える=バイデン大統領は買収拒否を決定した。問題は日鉄が、なぜ、USスチール買収に打って出たかだ。日本の鉄鋼事情とカーボンニュートラルに係わってくる。日鉄・橋本会長は「日本鉄鋼業を取り巻く環境と課題」の標題で24年6月、講演し「90年には7600万トンあった鋼材需要の純内需は(23年現在)4200万トン減の3300万トンと半減した」と言う。国内に需要がないから「地産地消」で海外に拠点を求める。
日鉄の粗鋼生産能力は現在6600万トンだが、1億トンに増やす方針だ。森副社長はこの上積み分は「3極に集中する」と述べ、米国、インド、東南アジア諸国連合(ASEAN)を挙げる(NIPPON STEELへの挑戦・上 日鉄、3極で地産地消 24年8月10日・日経)。
そればかりではない。カーボンニュートラル対策もあった、と観測されている。つまりカーボンニュートラル対策を当面、乗切る策として「大型電炉」を導入する。
その大型電炉を動かすには「(原発などを含む)安定的なかつ安価な電力」が必要になる。
ところが日本では長期的な電力政策が不透明だ。一方、アメリカならその不安は少ない鉄鋼需要と電力が見込めるアメリカ投資は理に適う(注4)。
3 25年の市場動向を想定する
■トランプ・リスクを考える=トランプは中国のほぼ全ての輸入品に対して10%の追加関税をかけ、カナダやメキシコに25%の関税を課す。また「自国第一主義」や不法移民の強制送還など世界的な「不寛容政策」の拡大のなか、「米国一強」と化石燃料の使用復活などから世界経済や貿易の流れが変化する可能性は高い。さらにトランプ政権を含むロシア、北朝鮮、中国など「覇権主義」国家のツバぜり合いから軍事的衝突も警戒される。が、しかし、カーボンニュートラルへの大きな目標(人類の生存課題)が、これによって揺らぐことはないだろう。
■鉄鋼需給=鉄鋼大国の中国、米国、日本の鉄鋼生産は2020年をピークに以後、成熟期に入ったようだ。また粗鋼生産は、今後段階的に緩やかに高炉から電炉へとシフトする。鉄スクラップは「地上の資源(都市鉱山)」であると共に(むしろそれ以上に)「カーボンニュートラルの切り札」として、戦略的な物資と再評価される。現在、世界の鉄スクラップ発生量は6億5千万㌧強、うち世界貿易量は1億㌧弱だが、今後は、この「囲い込み」が予想される。
■その中での日本=その日本で「不適正ヤード」対策と「金属盗対策検討会」が動き出した。不適正ヤードとは違法ではないが適正ではない・・・ヤード対策だろうし、金属盗対策なら「刑事」事件だ。鉄スクラップに係る事案が、業界の自主規制の枠を超え、警察庁が、いわば国を挙げて取り組む、そのような状況に立ち至った。
■鉄スクラップ価格=商品は通常、①エネルギー投入コスト、②商品交(為替)レート、③需給バランスから決定される。これに加えて④鉄スクラップは先に言った通り「地上の資源(都市鉱山)」であると共に「カーボンニュートラルの切り札」として、戦略的な物資と再評価される。
1995~2003年、日本の鉄スクラップ相場が歴史的な安値に陥没したのは、①エネルギー投入コスト=原油安、②の為替レートの「円高」、③国内鉄鋼不況に叩かれたためだ。
では2025年はどうか。①エネルギー投入(原油)コスト予想は、世界経済の分断と中国経済の後退などから強弱マチマチ。②円為替レートは日米金利差による円キャリー取引からの「円安」定着の予想がもっぱら(国内スクラップは為替要因高?)。③日本の粗鋼生産は2018年度の1億289万㌧から2024年度予測は8372万㌧で18年度比81.4%に後退。国内需要が落ち込むから海外に鉄スクラップが流れる。しかし④しかし同時に「カーボンニュートラルの切り札」であるから、国内鉄鋼ユーザーが流出防止の「囲い込み」に動く可能性もある。
と考えれば2025年の鉄スクラップ価格は、需給のバランスの外で(戦略に)決まる公算がでてくる。昨年東鉄の価格変更が関東鉄源の入札後に発表されたのは、その表れである。2025年も同様の動きが、しかし形を変えて出てくるかもしれない。そのような状況が予想される。
注記
1 東京製鉄とパナソニック、資源循環取引スキーム(22年9月16日・産業新聞)=東京製鉄とパナソニックの資源循環取引スキーム。使用済み家電鉄スクラップを岡山工場と田原工場で鋼板を生産し、再びパナソニック製品の素材として使うもの。
*東京製鉄、大成建設と連携しゼロカーボンビル建設へ(23年4月10日)=東京製鉄は7日、大成建設と連携しCO2排出量を正味ゼロにするゼロカーボンビルの建設を推進するため鋼材製造から解体・回収までの資源循環サイクル「ゼロカーボンスチール・イニアティブ」を始動したと発表した。電炉鋼材を「T―ニアゼロスチール」と位置付けている。
* 竹中工務店、巖本金属、東鉄など5社、循環サイクルに向け連携(23年12月14日)=竹中工務店、巖本金属、岸和田製鋼、共英製鋼、東京製鉄の5社は14日、竹中工務店が掲げる「サーキュラーデザインビルド」コンセプトに基づき、鉄スクラップリサイクルに連携する。
2 東京製鉄、奈良暢明社長インタビュー(要約)(23年6月28日・テックスレポート)――鉄スクラップの安定調達へ向けた方策はありますか
「一つの策は非常にシンプルに、まずは原則に立ち戻って輸出に向かう物を持って来てもらうことであり、そのため輸出に対してプラスの値段を提示することだ。
3 東京製鉄、湾岸3港に「サテライトヤード」を開設(23年10月25日、テックス)=東京製鉄は22年6月に開設した名古屋サテライトヤードに続いて、エンビプロの子会社・NEWSCONが運営する尼崎港(兵庫県)集荷ヤードを「東京製鉄関西サテライトヤード」に名称変更し、24年から運用を開始した。さらに24年10月17日、千葉県の船橋中央埠頭に新たな集荷拠点を開設すると発表した。
4 NIPPON STEELへの挑戦(上) 日鉄、3極で地産地消(24年8月10日・日経)=日本製鉄の海外戦略が歴史的な転換点を迎えている。中国・宝山鋼鉄との協力関係を事実上打ち切り、かわって米印、東南アジアの3極で高炉など上工程から一貫生産する「地産地消」の実現に挑む。*日鉄の粗鋼生産能力は現在6600万トンだが、1億トンに増やす方針だ。この上積み分は森氏は「3極に集中する」と述べ、米国、インド、東南アジア諸国連合(ASEAN)を挙げる。
*NIPPON STEELへの挑戦(下) 脱炭素へ電炉転換検討 水素製鉄、実用化は遠く(24年8月11日)=国内のCO2総排出量の13%――。鉄鋼業は製造業で最も多いCO2排出量を占める。日鉄は「CO2ゼロ」までの設備投資に4兆~5兆円、研究開発費に5000億円が必要とはじく。
*30年の導入を見込むのが大型電炉だ。検討対象は八幡など2カ所。大型電炉が導入されれば既存高炉は閉じる公算が大きい。脱炭素技術の本命が水素還元製鉄だ。高炉での実証試験を始めるのは26年。CO2半減技術の確立は40年になるとみている。
*技術以上のハードルが脱炭素電源の整備だ。日鉄幹部からは「今の橋本氏の関心は米USスチールよりも原子力発電所の動向に移っているようだ」との声も漏れる。
■米スリーマイル原発再稼働へ(24年9月22日)=米大手電力会社は20日、スリーマイル島原発1号機を再稼働させる。米IT大手マイクロソフトの人工知能(AI)で使用するデータセンターに今後20年間、電力を供給するとの契約締結を発表した。スリーマイル島原発2号機では1979年に事故が発生。米国で原発の新規建設が数十年にわたり停滞した原因となった。
以上