原案2024年5月14日 冨高作成(随時追加)
はじめに
カーボンニュートラルと鉄鋼、鉄スクラップ業界の現状を考えた。それを三題噺(はなし)風に言えば、「座礁資産」、「囲い込み」、「スコープ3」である。
つまり、世界の粗鋼生産の7割以上を占める「高炉」設備が、カーボンニュートラルの未来においては、経済資産価値を失う「座礁資産」に転覆する恐れが、指摘されていること。
その対策として、長期的にはともかく、今、「電炉」とその鉄源としての鉄スクラップの「囲い込み」が世界レベルで進行していること。
その背景として、世界のユーザーが、「原材料の調達から生産、流通を経て最後に廃棄・リサイクルに至るまで(スコープ3)、自社関与の商品、サービスのライフサイクル全体のCO2排出管理」の義務(CFP=カーボンフットプリント)を課されている・・・ことがある。
本稿はそのテーマを、大枠として(総論)として考えた。なお企業の個別、具体的な動きや時系列推移は別項(各論 https://steelstory.jp/market/5219/)として用意した。
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需要家側(鉄鋼各社)の動き
1 大状況としてのカーボンニュートラル(CN)対策
政府は21年4月、地球温暖化防止策として2030年度に13年度比46%、50年までに温暖化ガス排出量を実質ゼロにするカーボンニュートラル(CN)の目標を掲げた。近年、地球温暖化防止が世界的課題となるなか商品やサービスの原材料の調達から生産、流通を経て最後に廃棄・リサイクルに至るまでのライフサイクル全体を通して排出されるCO2排出量とその抑制が、幅広いサプライヤーを持つビジネスの世界で企業選別判断の一つとなりつつある(注1)。
この脱炭素化の影響を最も受けるのが、日本の産業部門排出量の4割を占める鉄鋼産業であり、ことに国内鉄鋼生産の約4分の3近くを占める高炉・転炉鋼生産会社である。高炉設備は石炭(コークス)を熱源兼還元剤として銑鉄(アイアン)を生産、転炉で粗鋼(スチール)を生産する。この製銑・製鋼過程では、粗鋼1㌧当たり2㌧の大量のCO2を排出する。世界の高炉会社がCO2排出抑制の設備改善が求められ(金融機関部門からは)これら高炉・製銑設備は脱炭素化により経済価値を失う「座礁資産」とも危ぶまれるに至った(注2)。
鉄鋼業界と鉄スクラップを取り囲む需給環境は、日本だけではなく、世界的に大きく変わった。鉄鋼生産は民間分野であったとしても、基幹産業である鉄鋼設備を「座礁資産」として放置はできない。2021年以降、日本は官民あげて、脱炭素製鉄法(水素還元製鉄)の確立に取り組むことになった。このなかで急浮上したのが電炉製鋼法の活用である。
還元工程を必要としない電炉のCO2排出量は、高炉会社の4分の1の約0.5㌧で製鋼できる。この結果、世界の鉄鋼会社(高炉から電炉まで)は、将来の脱炭素製鉄法が稼働するまでの「当面のつなぎとして」(しかし、水素還元製鉄が何時、稼働するかは分からない)、一斉に電炉生産と鉄スクラップ調達の「囲い込み」に走り出した。
これが世界の鉄スクラップ需給と日本の鉄スクラップマーケットの現在に波及した。
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(注1―1):気候変動首脳会議・日本、温暖化ガス13年度比46%減(21年4月23日・日経新聞)=バイデン米大統領をホストとする気候変動首脳会議が4月22日開幕。米国は05年比50~52%減、日本は30年度には13年度比で46%減、中国は30年までに排出量を削減の方針。
*温暖化ガスの新削減目標 国際義務(24年5月16日・日経新聞)=40年度の電源構成目標は現行の30年度目標より脱炭素を進める必要がある。温暖化対策を巡る国連の枠組み「パリ協定」があるためだ。加盟国は35年ごろの温暖化ガス削減目標を25年2月までに提出義務がある。条約締約国会議(COP28)では「19年比60%減が必要」と合意。13年度比で単純換算すると66%減に相当する。現行の30年度目標の46%減よりも一段と削減しなければならない。
(注1―2): CO2排出量に表記ルール(22年9月22日・日経)=経産省と環境省は製品のCO2排出量の算定方法や表記のルールを策定する。生産から廃棄までのCO2総排出量を表示する取り組みは「カーボンフットプリント(CFP)」と呼ばれる。政府が定めたルールに従って算出し、排出量の少ない製品に関しては政府調達で優遇することを検討する。海外では「ファースト・ムーバーズ・コアリション(FMC)」など製品排出量に注目して調達する動きが増えている。
(注2―1):炭素と金融(上)移行金融、鉄鋼、債券発行や融資で「つなぎ役」の投資後押し(23年3月1日・日経)=国際決済銀行(BIS)は「脱炭素化により、経済価値を失う座礁資産」が最大18兆ドルとはじく。そうした資産を担保とする銀行にとっては融資返済が滞りかねない事態に直面する。電力や鉄鋼、運輸、化学といった排出量の多い企業は資金調達しづらい。そこで浸透しつつあるのが移行金融だ。温暖化ガスの排出量をゼロにする技術が実用化されるまでの「つなぎ」の資金供給といえる。
(注2―2) 鉄鋼の脱炭素、電炉転換には限界(23年6月28日・日経)=20年度に国内で排出された産業部門のCO2の約4割を鉄鋼業が占める。高炉製法を抜本的に見直す脱炭素戦略は「これまで作り上げてきた高効率システムをいったん壊すことを意味する」(JFE)。日鉄は5月、八幡と広畑で電気炉設置の本格検討に入った。30年までの建設を目指す。JFEは倉敷で27~30年に改修時期を迎える高炉を電炉に転換する。だが電炉だけで鉄鋼を作ろうとすれば鉄スクラップが世界全体で足らなくなる。原料をいかに確保するか。ひとつのアプローチが「還元鉄」利用。JFEは25~26年をメドに還元鉄の製造に乗り出す。天然ガス資源が豊富なアラブ首長国連邦で製造、輸入する。ここにも課題はある。還元鉄製造には高品位鉄鉱石はしか使えず、その産出量のわずかしかない。低品位鉄鉱石を使える工夫が求められる。
*コスト低減必要=日鉄、JFEともに高炉は残す計画だ。そこで始めた技術開発が「水素(還元)製鉄」だ。水素を使うと「吸熱反応」(炭素の場合は発熱反応)が起き、炉内温度が低下する。「加熱エネルギーをどう供給するのかは大きな課題だ」(日本製鉄)。*水素製鉄は水素の確保なくして成り立たない。政府は30年に水素生産コストを1㎥30円、50年には20円以下に引き下げたい考えだ。鉄鋼大手は現製法のコストに見合うには8円前後の価格だという。
(2―3): GX債、水素などへ10年20兆円(高炉支援)(24年2月15日・日経)=GX(グリーントランスフォーメーション)経済移行債は50年の温暖化ガス排出実質ゼロの実現に向け、政府が脱炭素支援資金を調達する新国債。10年間で20兆円規模の発行を予定。うち13兆円は使途が決まっている。脱炭素燃料として期待される水素の普及に向けて15年間で3兆円を投じ、鉄鋼や化学など製造業の脱炭素に10年間で1.3兆円を充てる。
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2 高炉各社のCN対策(水素製鉄など)
21年2月、鉄鋼連盟は「2050年カーボンニュートラルに関する日本鉄鋼業の基本方針」を策定し、「水素還元製鉄」への挑戦に加え、スクラップ利用拡大などあらゆる手段を組み合わせた長期的戦略を公表。あわせて政府に対しグリーンイノベーション(GI)基金の運用など「国の強力かつ継続的な財政的支援」などの施策を要望した(注3)。
21年以降、高炉各社は高炉各社はCNの実現を見据え相次いで中長期の経営計画を打ち出した。
*日本製鉄「カーボンニュートラルビジョン2050」20210330_ZC.pdf (nipponsteel.com)
*JFEスチール「カーボンニュートラル戦略」carbon-neutral-strategy_220901_1.pdf (jfe-steel.co.jp) *神戸製鋼 気候変動への対応|KOBELCO 神戸製鋼
日本製鉄、JFEなどは、その目標として2050年までの長期、30年までの中期、当面の3期に分け、長期的には「水素製鉄法の確立」、中期的には「直接還元鉄とカーボンリサイクル法」、目先は「高効率・大型電炉」の新設や系列電炉の設備更新などを掲げた。その実際として21年以降、高炉3社でも高炉を休止し電炉に転換するとの公表が相次いだ。その動きは日本だけでなく、中国でも高炉からの電炉シフトは重大な長期的戦略課題だった(注4)。
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(注3―1)高炉各社の取り組み(戦略・戦術)に関して、産構審は24年2月、下記の報告をまとめた。この資料は必見である。
*カーボンニュートラル行動計画報告・24年2月14日 産構審鉄鋼WG報告資料
カーボンニュートラル行動計画:一般社団法人日本鉄鋼連盟 (jisf.or.jp)
https://www.jisf.or.jp/business/ondanka/kouken/keikaku/documents/tekkowg_ppt1_20240214.pdf
(注3―2):グリーンイノベーション基金創設(経産省21年hp)=2050年カーボンニュートラル目標に向け令和2年度第3次補正予算において2兆円の「グリーンイノベーション基金」(GI「基金」)を国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)に造成しました。具体的な目標とその達成に向けた取り組みへのコミットメントを示す企業等を対象として10年間、研究開発・実証から社会実装までを継続して支援していきます。
(注3―3:経産省、製鉄の水素活用研を支援(高炉支援)(21年9月16日・産業新聞)=経産省は14日GI基金で支援する製鉄プロセスの水素活用に関する研究開発計画を策定。1935億円を上限に10年にわたり支援する。高炉を使った水素還元でCO2排出量を50%以上削減する技術、水素だけの直接還元でCO2排出量を50%以上削減する技術開発を後押しする。
(注4―1:日本製鉄、高炉から電炉プロセスへの転換に向けた本格検討を開始(23年5月10日・同社hp)=日本製鉄は八幡および広畑を候補地とした高炉から電炉プロセスへの転換の検討を始めると公表した。Hpによれば日本製鉄カーボンニュートラルビジョン 2050」で「高炉水素還元」「水素による還元鉄製造」「大型電炉で高級鋼製造」の実現を目指す。
*「大型電炉での高級鋼製造」は、22 年 10 月から広畑に新設した電炉操業に動いた。
また技術開発本部波崎研究開発センターに、小型電気炉(10 ㌧)を設置し、24 年度から試験を予定している。20230510_400.pdf (nipponsteel.com)
*日鉄、USスチール2兆円買収へ(23年12月19日・日経)=日鉄は18日、USスチール株を1株55ドルで全株取得し完全子会社すると発表。1買収総額は141億ドル(約2兆円)。買収資金は金融機関からの借入金で対応。USスチールは高炉を8基、電炉3基持つ。日鉄は粗鋼生産で世界4位から3位になり、1億トンの目標達成に近づく。USスチールは鉄鉱石の鉱山も持っている。原料炭と鉄鉱石の調達を安定化させることができる見通し。
(注4―2:神戸製鋼・加古川、高炉から電炉体制の切り替えを検討(23年5月19日・産業新聞)=神戸製鋼は18日、中期経営計画(21―23年度)説明会を開き、「加古川製鉄所の高炉の改修時期を30年半ば頃に迎え、電炉への切り替えは重要な選択肢と考えている」と高炉から電炉への転換含め複線的なアプローチの具体的な検討を進めていると説明した。
(注4―3):JFEホールディングス社長方針(24年5月8日・産業新聞)「目標は大きく3つあり、一つはカーボンリサイクル高炉法。25年に炉内容積150㎥の実証高炉を立ち上げる。30年までに中規模高炉での実証試験を行い、実装時期を判定していく。2つめは高品質鋼を電気炉で造る。27年末に倉敷に大型電炉を実装し、商業規模で生産する。3つめの直接水素還元法は最もハードルが高く、30年代半ばに基礎研究を完成させたい」。
*JFE、脱炭素へ製鉄所改修 全4拠点で完了(22年2月16日・日経)=JFEスチールは製鉄時のCO2排出量を削減するため、東日本・千葉で転炉を改修。鉄スクラップを従来より多く利用可能にする。国内全4カ所の製鉄所の改修が終了。24年度CO2排出量を13年度比18%減らす計画でその達成に向けた取り組み。21年度からスクラップの定期的な調達も始めている。
*カーボンリサイクル高炉=高炉から発生するCO2を外部水素を間接利用し、メタネーション(CH₄・メタン製造)技術と組み合せメタンに変換し、還元材として繰り返し利用する高炉。
(注4―4)中国、脱炭素化で50年電炉鋼比率約70%予測(22年5月24日・日経)=中国の元冶金工業部副部長、殷瑞鈺・中国工程院士は鉄鋼会議で粗鋼生産が21年の10億3300万㌧から30年約8億㌧、50年約7億㌧に減り50年時点の電炉鋼比率は約70%に上がると予測した。
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3 電炉各社のCN対策
電炉製鋼は、高炉製鋼に比べCO2排出量を4分の1に抑えられるため、電炉各社のCN対策の優位性は際立っている。日本だけでなく世界の鉄鋼各社が今後、電炉製鋼へ雪崩を打って参入すると予想され、鉄スクラップの争奪と国境を越えた「囲い込み」が課題となった。
CN問題が登場する以前、日本の鉄スクラップ使用は電炉会社と高炉会社が棲み分けていた。日本の電炉会社は、激しい過当競争と合併・統合を繰り返した後、現在では高炉系列電炉(3系統)と独立電炉に大別され、「需要に見合った生産」体制に軟着陸し、経営改善を達成した。
この高炉系列電炉管理による電炉「安定体制」に大きな石を投じたのがCN問題であり、その対策にいち早く反応したのが、独立電炉の最大が東京製鉄である。
日本の電炉の多くは、戦後の鉄屑カルテル(1955年~1974年)時代を通じて、高炉各社の影響下にあった。その唯一の例外が東京製鉄であり、同社は製品販売のカルテル化も図る鉄屑カルテルから脱退(58年9月)し、H鋼販売では新日鉄と抗争(82年10月)。現在も普通鋼電炉工業会には参加していない。その同社がCN対策に独自に動いたのは当然の流れだったろう(注5)。勿論、高炉系電炉各社も既存設備を更新、大型化して、CN対策に動いた(注6)。
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(注5―1):日本最大の独立系電炉・東京製鉄の動き。長期環境ビジョン「Tokyo Steel EcoVision 2050」長期環境ビジョン | 東京製鐵の環境への取り組み (tokyosteel.co.jp)
「脱炭素社会の実現に向け=循環型社会の実現には、「再資源化ループ」と「再生材利用ループ」から構成される「鉄のクローズドループ」(注4-2)が必要だと考えています」
(注5―2 東鉄の「鉄のクローズドループ」)
*東京製鉄とパナソニック、資源循環取引スキーム(22年9月16日・産業新聞)=使用済み家電鉄スクラップを東京製鉄が岡山と田原工場で鋼板を生産し、再びパナソニック製品の素材として使う資源循環取引スキームが進捗している。20年度は年間2600㌧が利用された。
*東京製鉄、大成建設と連携(23年4月10日・日経)=東京製鉄は7日、大成建設と連携しCO2排出量を正味ゼロにするゼロカーボンビルの建設を推進するため鋼材製造から解体・回収までの資源循環サイクル「ゼロカーボンスチール・イニアティブ」を始動したと発表した。電炉鋼材を「T―ニアゼロスチール」と位置付けている。
Microsoft Word - (20230404)大成建設リリース文案rev6.doc (tokyosteel.co.jp)
*東京製鉄、尼崎港に「関西サテライトヤード」を開設(23年10月25日、テックス)=東京製鉄は24日、尼崎港に「東京製鉄関西サテライトヤード」として、24年5~6月に運用を開始すると発表。22年6月に開設した名古屋サテライトヤードに続く、同社2拠点目のサテライトヤードとなる。集荷対象はヘビー・スクラップが主体となる見通し。
*東京製鉄・奈良暢明社長インタビュー(23年6月28日・テックスレポート)
――鉄スクラップの安定調達へ向けた方策はありますか
「一つの策は非常にシンプルに、まずは原則に立ち戻って輸出に向かう物を持って来てもらうことであり、そのため輸出に対してプラスの値段を提示することだ*。
*関東鉄源の入札日との東鉄の翌日価格改訂は23年以降、ほとんどの場合、重なった。
(注6―1)大阪製鉄、省CO2型電気炉を設置(23年9月6日・テック)=大阪製鉄は堺に省エネ・省CO2型電気炉「エコアークライト」の設置を決めた。設置は25年度を予定。
(注6―2)共英マテリアル、知多市に新ヤードを開設(4月18日・産業新聞)=共英製鋼グループの共英マテリアル(本社=堺市)が愛知県知多市に新ヤードを開設し5⽉1⽇から営業を開始する。東海地区の鉄スクラップ集荷を強化し、保管ヤードとしての機能も備える。扱い⽬標数量は4万トン。⼤型船が接岸可能な岸壁を有することから海上輸送も視野に入れる。
(注6―3:環境配慮型電気炉鋼材WGが28社で発足(電炉対策)(3月12日・普電工hp)=普通鋼電炉工業会は、経産省が22年3月に設立したGXリーグに基づき、特殊鋼電炉を含めた28社(普通鋼21社、特殊鋼7社)が参画し「環境配慮型電気炉鋼材」を打ち出した。
供給側(鉄スクラップ加工各社)と行政の動き
業界の垣根を越えたリサイクル連携と変化が動き出した
鉄スクラップ集荷・加工、流通会社は全国多岐にわたる。戦前からの日本系会社、戦後の在日(コリアン)系会社、産廃業者など他業種から参入した会社、2000年以降の渡来系会社などがある。また団体組織としては日本鉄リサイクル工業会があるが、不参加も少なくない。
このなかで21年以降、にわかにCN対策が鉄スクラップ需給双方に降りかかって来た。CN対策は高炉各社にとって死活を賭けた戦略課題であり、国内電炉各社にとっても、市中鉄スクラップの安定確保が絡む。このため国内の鉄スクラップ供給各社でも、業界の垣根を越えた、歴史的は変動が起こった。その変化は、鉄鋼各社の鉄スクラップ加工会社の「囲い込み」として先行し、ついで鉄鋼各社につながる流通・商社の統合、再編として表面化した。さらに鉄鋼素材を大量に使用する大手建設会社も、鉄リサイクルクローズシステムを主導するなど、鉄スクラップの流通変化(囲い込み)は、水面下で密かに、しかし着実に広がっている(注7)。
戦後の日本には鉄屑商売を直接に規制する法律はない(古物営業法では鉄屑は規制対象外)。何人も自由に鉄リサイクル商売をできる。この法制のなか鉄屑が高騰し、盗難防止を名目に1951~58年にかけ29道府県が(法律とは別に)条例で「金属営業」を制定した(その後廃止が相次ぎ、2024年現在16道府県が施行)。ただ渡来系業者や不適正ヤードが増加するなか、関東などで鉄スクラップヤード操業を規制する独自「条例」制定が広がった(注8)。
23年以降、鉄リサイクル工業会は「適正ヤード推進委員会」を立ち上げ、経産省、警察庁をオブザーバーに定期的に会合し対策を進めている。不適正ヤードのほとんどは渡来系業者の運営と見られるため、官民挙げての国内流通「囲い込み」の一種かと筆者には見える(注9)。
この動きを(渡来系業者が進出し、国内各地に彼らの集荷・加工ヤードが拡大し、シェアを広げる現状)を一言で要約すれば、鉄スクラップ流通は(国内に居ながら)、海外需給に直接さらされるようになった。国内が世界需給の争奪の場になったという現実である(注10)。
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(注7―1)山特、姫路の㈱山陽に資本参加(24年2月29日・日経)=山陽特殊製鋼は29日、鉄スクラップヤード企業の㈱山陽(本社 兵庫県姫路市、金城裕満社長)の株式の一部を取得した。山陽への資本参加により、山特は、「必要鉄スクラップの約半数を資本関係先(日本製鉄グループを含む)から安定的に確保できる」。20240229_web.pdf (sanyo-steel.co.jp)
(注7―2) 竹中工務店、巖本金属、東鉄など5社、循環サイクルに向け連携(23年12月14日・日経)=竹中工務店、巖本金属、岸和田製鋼、共英製鋼、東京製鉄の5社は14日、竹中工務店が掲げる「サーキュラーデザインビルド」コンセプトに基づき、建築における電炉鋼材(鉄)を活用した鉄スクラップ循環サイクルの全体最適に向けて連携すると発表した。業界の垣根を超えた「サーキュラーデザインビルド」を電炉鋼材から推進 ~鉄スクラップ循環サイクルの全体最適化を目指す~株式会社 竹中工務店 (takenaka.co.jp)
(注7―3) 日本製鉄、日鉄物産子会社化へ(23年12月23日・日経)=橋本社長は22日に会見し、カーボンニュートラルに向け「原料を調達ではなく自らの事業としていく」と述べた。日鉄物産は連結子会社・非公開とし、日本製鉄80%、三井物産20%の株式構成に改める。
(注7―4) 丸紅テツゲン、金属鉱産本部と製鋼原料本部を新設(24年4月3日・産業新聞)=丸紅テツゲンは4月1日付で金属鉱産第一部、同第二部、製鋼原料部を格上げし、金属鉱産本部と製鋼原料本部を新設。本部設立によって脱炭素に関わる幅広い情報を本部内で共有する。
(注8) 屋外保管条例が初めて登場するのは2019年以降である
特定再生資源屋外保管業条例の制定ラッシュを考える | STEEL STORY JAPAN
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綾瀬市再生資源物の屋外保管に関する条例(神奈川県) 施行2019年7月1日
千葉市再生資源物の屋外保管に関する条例(千葉県) *施行2021年11月1日
境町再生資源物の屋外保管に関する条例(茨城県) *即日施行2021年12月8日
袖ケ浦市再生資源物の屋外保管に関する条例(千葉県 施行2023年4月1日)
さいたま市再生資源物の屋外保管に関する条例(24年2月1日施行)
茨城県再生資源物の屋外保管適正化条例jorei.pdf (pref.ibaraki.jp)(24年4月1日施行)
(注9―1)「スクラップ流出 水際対策を」(23年2月20日・産業新聞)「関東鉄源協同組合の理事長は鉄リサイクル業界の若手に対し外資系業者の新規参入への具体的な水際対策を期待すると述べた」。関東地区の月間発生量約70万㌧のうち約25万㌧が外資系鉄リサイクル企業が購入しており、国内企業の取扱量は減っている。『このままでは工業会の関東支部所属企業の3分の1はなくなるだろう』。『根本的部分(法整備)に切り込む必要がある』。
「関東鉄源協 鉄スクラップ流出 水際対策を・・・の主張への異論」 | STEEL STORY JAPAN
(注9―2) 鉄リサイクル工業会「適正ヤード推進委員会」を開催(23年8月24日・テックスレポート)=日本鉄リサイクル工業会は23日、「適正ヤード推進委員会」を鉄鋼会館でオンラインを併用で開催。正副会長、専務理事、全国各支部委員が出席したほか、経産省、警察庁がオブザーバーとして参加した。同工業会は「会員・非会員、日本企業・外国企業を問わず、ヤード運営が適正に行われ、公正な競争が実現できるよう支援」するとしている。
(注10―1) 23年春、筆者のhpを見た。ついては日本の鉄スクラップ業者の現状と取引についてアドバイスを貰えないかと面談を求めてきた台湾系の関係者がいる。聞けば、日本の公開市場での鉄スクラップ確保は難しいから、どこかの有力ヤードを買収し、集荷・加工し、その工場から直接、本国に輸出を図る。2~3000㌧規模の工場が欲しい、との構想だった。
アジアのプレイヤーは日本の鉄スクラップに、あの手この手で物色していると知った。
(注10―2) またこの前後、やはり筆者のhpを見た。ついてはその出版本を全冊購入したい。さらに業者対策としてのアドバイスはないかと面談を求めてきた高炉系の関係者がいる。
私は電炉設備を作ったからといって、鉄スクラップが直ちに集まるわけではない。業者が出荷しやすい体制、構内設備の見直しなど、相手の立場に立って考えるべきだろうと答えた。
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需給双方の動き、その絶対的な背景を考える
分からなければキーワードで考える
カーボンニュートラルに関する用語は、(海外から波及した)その結果、LCA、CFP、スコープ3などキーワードにあふれている。その用語の正確な理解なしには前に進みにくい。
その用語から浮かび上がってくるのは、EUを筆頭とした地球温暖化防止対策が、世界貿易、企業活動、社会的評価全体に大きなインパクトを与える、との将来図である。
だからこそ、世界の鉄鋼会社はCO2削減に奔走し、自動車製造会社は電気自動車開発に社運を賭ける、との現在がある。以下は、その用語の簡単な説明である。
*グリーントランスフォーメーション(GX)=化石燃料から温室効果ガスを発生させない再生可能エネルギーに転換する(グリーン)ことで地球環境を転換(トランスフォーメーション)する取り組み。この条件を満たす資源に「グリーン」の名を冠する。グリーン水素(製造時にCo2排出の少ないもの)など。排出程度によってグレー水素。ブルー水素(注11)。
*炭素税・排出枠取引=温暖化ガスの排出量取引や炭素税など「カーボンプライシング」の導入がEUなど鉄鋼先進国で進んでいる。排出量に応じて課税する炭素税と、個別企業の排出上限を決め、企業が排出枠を売り買いする排出量取引の2つの手法がある(注12)。
*国境炭素税=CPの公平性を維持するためCO2排出規制が緩い国や地域から製品を輸入する際、製造時に排出したCO2に応じて関税を課す。特定の国による「ただ乗り」を避ける仕組み。規制の緩い国からの輸入品に事実上の関税をかけ、価格差を相殺する措置(注13)。
*CP=「カーボンプライシング」。炭素に価格を付ける仕組みで、「炭素税」と「排出量取引制度」がある。▽炭素税=炭素排出1トンあたりX円、といったかたちで政府が炭素価格を直接的にコントロールする手法。▽排出量取引制度=企業は、政府から与えられた「排出枠」を踏まえて排出枠が余った場合や不足した場合には、市場でその分を売買する仕組み。
*CFP(カーボンフットプリント)=直訳すると「炭素の足跡」。商品やサービスの原材料の調達から生産、流通を経て最後に廃棄・リサイクルに至るまでのライフサイクル全体を通して排出される温室効果ガスの排出量をCO2に換算したもの(注14)。
*スコープ3 「SCOPE=(適用・対象)範囲」=事業活動からのCo2の直接排出を「スコープ1」、他社から供給された熱源使用に伴う排出を「スコープ2」とする。「スコープ3」は(1および2以外の)事業者の活動に伴うあらゆる排出量を指す。原材料の調達、輸送・配送、使用後の廃棄排出量まで(サプライチェーン全体を網羅的に)含む(注15)。
*LCA=「ライフサイクルアセスメント」。製品やサービスなどにかかわる、原料の調達から製造、流通、使用、廃棄、リサイクルに至る「製品のライフサイクル」全体を対象として、各段階の資源やエネルギーの投入量と様々な排出物の量を定量的に把握し、原材料の採取などを含む製品の寿命全体で二酸化炭素(CO2)排出量を評価する手法。
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(注11) 排脱炭素戦略、脱炭素電源、国力を左右(24年5月14日・日経)=政府は40年を見据えて脱炭素社会に向けた「グリーントランスフォーメーション(GX)推進戦略」を見直す。21年時点のエネルギー自給率は先進国で最低水準の13%にとどまる。日本はデータセンターの規模でも海外に大きく水をあけられている。米国は日本の6.4倍、中国は2.3倍の容量を持つ。海外に計算資源を頼り続けることになれば「デジタル赤字」の形で国内からの富の流出が膨らみ続ける。現状を放置すれば、エネルギーとデジタルの領域での新たな「双子の赤字」が定着し、円安基調に歯止めがきかなくなる恐れもある。新たに40年に向けた「国家戦略」へと発展させ、政府支援額が当初の20兆円から膨らむ可能性も出てきた。既存のGX債の償還財源には、企業のCO2排出に課金して削減を促すカーボンプライシングを予定する。
*低炭素の水素、価格差分を補助(24年5月18日・日経)=水素社会推進法が17日、成立した。水素を製造・輸入する企業の事業計画を政府が認定し、既存の燃料との価格差分を補助する。政府はクリーンな水素を製造・輸入した企業向けに、割高な水素の製造コストと相対的に安い天然ガスとの価格差を補填する。水素の供給価格は1立方メートルあたり100円ほどだが、供給量を増やして30年に3分の1に引き下げる。
*水素製鉄は水素の確保なくして成り立たない。政府は30年に水素生産コストを1㎥30円、50年には20円以下に引き下げたい考えだ。鉄鋼大手は現製法のコストに見合うには8円前後の価格が必要という。
*ホワイト水素=かんらん岩などの鉄を含む岩石が高温下で水と反応してできたり、岩石に含まれる放射性元素によって水が分解してできたりする天然水素。製造コストは1kg1ドルとも試算され「脱炭素のゲームチェンジャーになりうる」。米地質調査所(NSGS)によると、世界の埋蔵量は1兆トンと、世界需要を数千年満たす規模の可能性があるという。
*グリーン水素=化石燃料を使わず、風力や太陽光など再生可能エネルギーなどを使ってCO2を排出せずにつくられた水素。酸素も供給できる。ただ大量生産できず高コストになる。
*グレー水素=天然ガスや石炭等の化石燃料をベースに、CO2を回収せず生産された水素。目下の主流で、2020年現在、世界で生産されている水素のうちグレー水素が約95%を占める。
*ブルー水素=天然ガスや石炭等の化石燃料をベースとのはグレー水素と同じだが、CCS(回収・貯留)やCCUS(利用)を組み合わせ、CO2排出を抑えた水素。
(注12) 排出量取引、電力や鉄鋼に参加義務(24年5月12日・日経)=政府は温暖化ガスの排出量が多い企業に、排出量取引制度への参加を義務づける。2050年に温暖化ガスの排出を実質ゼロにする目標の達成に欠かせないと判断したためだ。現在は自主参加にとどまるが、26年度にも電力や鉄鋼、化学工業など多排出企業を対象にする見通しだ。既に導入しているEUのほか、韓国やオーストラリアなどの制度をもとに日本での具体的な制度設計に生かす。
*排出量取引、年内にも大枠(24年5月18日・日経)=政府は26年度に大企業の参加を義務づける温暖化ガス排出量取引を巡り、参加企業の規模や業種ごとの排出削減制度の大枠を年内にも固める。
(注13) EU、国境炭素税で合意(22年12月14日・日経)=EUは13日、国境炭素調整措置(CBAM、国境炭素税)の導入で合意した。世界初の取り組みで、鉄鋼とセメント、アルミニウム、肥料、電力、水素を対象とし、今後拡大を検討する。CBAMはEU域内の企業が環境規制の緩い他国に工場などの拠点を移して規制を逃れる「カーボンリーケージ」を防ぐのが目的。
課税によって域内外の負担を同水準にそろえ、他国にも環境対策の強化を促す。23年10月からEUに輸出する企業はその製品の排出量を当局に報告する義務を負う。26~27年にはEUの排出量取引制度の炭素価格に基づき、排出量に相当するお金の支払いが始まる見通し。
(注14) 経産省、カーボンフットプリントへ動く(22年1月21日・日経)=経産省は製造から廃棄までの全過程でCO2排出を製品単位で示すしくみをつくる。EUの欧州委員会は24年からカーボンフットプリント義務規則案を公表。27年から排出量が基準より多い製品輸入を禁じる内容で、日本から輸出できなくなる恐れもある。EUは鉄やアルミなどに国境炭素税を導入する構え。EU域内製品よりCO2排出量の多い輸入品に事実上の関税をかけ26年から負担を求める。
(注15―1) 建材、供給網のCO2排出量を把握(22年3月26日・日経)=建設大手が供給網全体でCO2排出量の把握を進める。鹿島はコンクリート製造や運搬時のCO2排出量を算出するシステムを導入。
▽建設業界で材料や施工で出るCO2排出量に注目が集まるのは「スコープ3」と呼ばれる、供給網や施工後の段階でのCO2削減が急務となっているためだ。
(注15―2)アップル、脱炭素進捗を毎年評価(22年10月27日・日経)=米アップルは25日、世界各地のサプライヤーに脱炭素の取り組みを早めるよう要請した。同社は15年からは取引先にアップル関連の生産電力を100%再生可能エネルギーにするよう呼びかけてきた。今回の要請は外部購入電力に加え、サプライヤーが自社所有設備などから排出する温暖化ガスも削減するよう協力を求めた。アップルの取引先は自前の工業炉などの排出量削減を迫られる。
(注15―3) 日本企業の気候関連基準、スコープ3も開示(24年3月30日・日経)=サステナビリティ基準委員会(SSBJ)は29日、日本企業の気候関連開示基準の草案を公表。自社拠点での排出分だけでなくスコープ3の開示を求める。東証プライム企業は早ければ27年3月期から強制適用となる可能性がある。対象企業は広がる見通しで開示体制構築が急務となる。
以上