金属盗対策法制定と古物営業法施行規則の改正――その背景を考える

 

1 最近の法制見直しを検証する

 

1-1 金属盗対策法が成立(25年6月13日 共同通信)=金属くず買取業者の規制強化を柱とする新法「金属盗対策法」が13日、成立した。公布後、1年以内に施行する。

業者は都道府県の公安委員会に営業届出が必要となり、無届営業した場合は6月以下の拘禁刑か100万円以下の罰金、または両方を科す。本人確認は、氏名や住所、生年月日を確認して記録を作成し、取引記録とともに3年間保存。盗品の恐れがある際の通報も義務付けた。捜査の過程や、警察の立ち入りでこれらの義務違反が判明し、悪質な業者は6月以内の営業停止とする。対策法は被害が多発する銅を規制対象としたが、他の金属の追加を可能にした。不法滞在の外国人の摘発が多く、合わせて入管難民法も改正。犯行工具を隠し持って拘禁刑になった外国人を上陸拒否や退去強制の対象とした。

 

1-2 環境省、廃棄物処理制度の中間取りまとめ案了承(25年6月25日・産業新聞)=環境省は24日、中央環境審議会・循環型社会部会・廃棄物処理制度小委員会を開催。不適正ヤード問題への対応などが盛り込まれた今後の廃棄物処理制度の検討に向けた中間取りまとめ案を議論し大筋で了承した。不適正な処理や輸出を防ぐ実効性のある対策を検討。全国統一の規制や罰則強化の方向性を示す一方、適正業者にとって過度な負担とならない措置も検討する。https://www.env.go.jp/council/content/03recycle06/000323850.pdf

 

1-3 警察庁「古物営業法施行規則の一部を改正案」の意見公募(25年6月27日・テックスレポート)=警察庁は金属類窃盗が増加していることを踏まえ「対価総額が1万未満となる取引であっても古物営業法が定める本人確認義務などの対象」を主旨とする「古物営業法施行規則の一部を改正する規則案」を検討しており、パブリックコメントを実施する。改正案ではエアコンなどの室外機や電線、側溝のふたに使用される金属製グレーチングの3品目を買い取る際、買い取り業者に対して身元確認や取引記録の作成を義務付ける。

同施行規則の改正は今年101日施行を予定。

 

2 その背景

 

2-1 金属盗の多発 太陽光発電設備からの銅線ケーブル盗をはじめとする金属盗が増加2023年の金属盗件数は2020年の約3倍、窃盗全体の約2割に達した。金属盗対策検討会 報告書*によれば、2023年金属盗は16276件(金属ケーブル54.8%、グレーチング10.4%、敷鉄板6.7%、金属管4.6%、橋銘板2.3%=鉄類24.0%、その他21.1%)

*出所=同報告書(図2 2023年金属盗における品目別・材質別被害状況 report.pdf

 

2-2 業界からの要望 2010年代以降、中国など渡来系業者が千葉など関東の内陸に進出しヤードを開設する動きが拡大した。これに既存業者の危機感が高まった。報道によれば関東地区の鉄スクラップの月間発生量約70万トンのうち約25万トンを外資系鉄リサイクル企業が購入しており、このままでは(鉄リサイクル)工業会関東支部企業の3分の1が無くなる恐れがある。その対策として、業界は「根本的部分(法整備)に切り込む必要がある」(注1)との関係者の痛切な発言が伝えられた(20232月)。同じ20235月日本鉄リサイクル工業会は「適正ヤード推進委員会」を設置し、国がこの検討会に加わった。

 これを受け、警察庁は翌20249月「金属盗対策に関する検討会」を開催。251月「報告書」取りまとめた。3月閣議で「金属盗対策法」を決定した。

 

2-3 カーボンニュートラルと鉄スクラップの「囲い込み」も 2021年1月米大統領に就任したバイデン氏は低炭素社会の実現を地球的課題として提唱し、日本政府は2050年にCO2排出実質ゼロ(カーボンニュートラル)方針を打ち出した。日本の製造業別CO2排出量の4割強を鉄鋼業が占め、粗鋼生産の約4分の3を高炉会社が押さえる。鉄鋼業界、ことに高炉各社は、排出量2位の自動車業界と共に待った無しのCO2対策を迫られた。

既存高炉のほとんどを占めるコークス高炉製銑・製鋼法は、鉄鉱石採掘、外洋輸送、コークス製銑、製鋼の4工程を必要とし、1トンの鋼(スチール)生産に約2トンのCO2を排出する。一方、回収鉄源である鉄スクラップを使用する電炉製鋼法は、溶解の1工程だけで済むため、高炉製銑・製鋼法の4分の1、約0.5トンのCO2排出量に抑えられる。

日本だけでなく世界の鉄鋼大手各社は、一斉に脱炭素に舵を切った。将来的にはコークス製銑に替わる水素製鉄法を目指すが当面は電炉生産へシフトする。

それがまた、日本だけでなく先進・鉄鋼各国で鉄スクラップの「囲い込み」政策を一気に強めた。日本の法制の変化も、また、この例外ではないだろう。

 

では、日本の鉄スクラップを巡る法制はどのようなものだったのか。

 

3 古物営業法と金属屑営業条例を考える

 

3-1 古物営業法と金属屑営業条例 明治から戦前まで、国は(「古物商取締法」1895年)「業種を問わず、(鉄屑など)「主として一度使用したる物品等」(第一条)を取り扱う者は、取締規制の対象とした。
しかし、戦後大改正された古物営業法(1949年)は、従来の解釈を改め「全然形を変えなければ利用できないような、例えば屑鉄や屑繊維等は廃品であって古物ではない」として、鉄屑商売を市場の自由に委ねた(施行規則第2条・古物の区分)。
これに異を唱え戦前同様の許可、規制対象に引戻したのが、地方自治体が独自にできる各地の条例(金属屑営業条例)制定だった。

 

第一波は、朝鮮戦争勃発(1950年6月)直後の同年12月、米海軍軍港がある佐世保市の「市条例」として突然飛び出した(1220日施行)。市側は「金属屑の盗犯防止」が目的と説明した(注2)が、しかしGHQ統治下の実際から真の狙いは敵性在日コリアンの行動監視かと目された。朝鮮半島に近い山口、福岡、広島、高知、鳥取の西日本5県も1952年までに「県条例」として続いた。条文・規制は、法律である古物営業法にほぼ準じた。

 

第二波は、鉄屑カルテルの「崩壊と再建」さなかの195610月から始まり,1958年末までに全国29道府県に及んだ。その特徴として、同月同日に制定された特異事例が極めて多いことが挙げられる。
この時、通産省と鉄鋼業界は、国内鉄屑価格を引き下げる鉄屑カルテル運営に総力を挙げていた。そのカルテルが、鉄屑業者団体(日本鉄屑連盟)との協議難航も一因となって崩壊状態(195510月運用を一時停止)に陥った。19561月、カルテルは再建されたが、カルテルの本格的な再建のためには、鉄屑供給の最大組織である日本鉄屑連盟対策と、その傘下の末端全業者の身元を洗い出す必要があった。

 

しかし作業は難航した。大阪では府庁舎に条例阻止のデモ隊が乱入する事件(19561118日)が発生するなど抗議運動が広がった。その一方、東京や京都では,警視庁や京都府警が(条例に代わる)自主的な「鉄屑組合」の設立や「名簿作成」の提案を業者団体に持ちかけた(注3)。身元確認(調査)に限るのであれば(強権的な)条例制定によらずとも警察署内の「鉄屑組合」の結成や「名簿」作成で十分であった。

 

そのため、条例制定の広がりは自治体全体には及ばず、29道府県の制定に留まった。

なお現に金属営業条例を施行している(その後の廃止もあり)のは、2024年末現在47都道府県の約3分の1,16道府県だけである(条例不存在31都府県)。

 

3-2 金属盗多発と「特定金属類取扱業規制条例」 金属屑営業条例制定の第三波は、金属盗多発のなか、20251月から「特定金属類取扱業規制条例」として動き出した。

発端の一つが日本鉄リサイクル工業会が、2023年不適正ヤード対策として特別委員会(「適正ヤード推進委員会」)を設置したこと。これに国(経産省、警察庁、環境省)も参加。1年後の245月、警察庁は条例未整備の31都府県の警察に指示した(注4)。

 

同年7月、千葉県は2005年に廃止していた「金属くず取扱業条例」を「特定金属類取扱業規制条例」に改め再制定した。規制対象は「電線、グレーチング、マンホール、敷板、足場板、銅製の屋根材等の金属製物品(第2条)」に変更して20251月から施行した。

 

さらに同年10月、茨城県警も1957年制定の「金属くず取扱業条例」を「特定金属類取扱業条例」(改正条例)に改め、202541日から施行した。特筆すべきは1966年に一旦は削除した「許可の更新」規定を、復活させた(新6条)こと。この条項復活は、今後の取締りの方向を示すものとして注目される。つまり許可後の営業は無条件で認められるものではなく、状況によっては「許可更新」を認めない場合もありうると明示したのだ。

 

3-3 日本鉄リサイクル工業会は歓迎 この条例制定の動きに対し日本鉄リサイクル工業会長は、千葉県の新条例は盗難金属の流通抑止が主な観点であり、ヤードの立入検査、帳簿の確認、鉄スクラップ受入れ時の身元確認だけでなく、違反すれば営業停止や許可の取り消しとなり、警察の指導に従わなければ業を営めなくなる。これにより、不適正ヤードの新規参入を牽制できるほか、不適正ヤードの撲滅にも有効だ、として「今後、全国各地で同様の条例が施行されるようになればと思っている」と賛意を表した(注5)。

 

4 法制変化に対する冨高のコメントとして

 

4-1 古物営業法施行規則第2条 鉄スクラップは、戦後の古物営業法が鉄スクラップ等は「廃品であって古物ではない」として同法の施行規則第2条から外した。このことから、鉄スクラップ商売は、誰でも(国籍を問わず)、軽資本からでも自由に開業できる。集荷段階では現物・現金の即時決済だから換金性はきわめて高い。この特性が戦後日本に留まった在日コリアンたちに就業機会を与えた。

 

4-2 穴埋めとしての金属屑営業条例 市中鉄源である鉄スクラップの換金性は高い。盗犯事件も多発した。それを理由に195012月、佐世保市が法律で商売の自由を認めた鉄スクラップ商売を法律の下位法である地方条例をもって規制した。朝鮮戦争最中、GHQ統治下で米海軍軍港を持つ佐世保市の初制定だけに、政治的理由が疑われた。さらに鉄屑カルテルの崩壊が危惧された1956年、全国で金属屑営業条例制定が拡大した(第二波)。ただこの動きに対して、東京都や京都府などは加わらず条例制定は、29道府県に留まった。

 

4-3 抜本対策としてー古物営業法施行規則改正 その後の条例廃止もあり2024年末現在、金属屑営業条例を施行中の自治体は、全国自治体の3分の1以下の16道府県だけである。

「不適正ヤード」に端を発する業界要望を受け、また金属盗の多発対策として、警察庁は20245月、条例未整備の31都府県の警察に指示した。しかし、条例の完全整備は(過去の例からも)容易ではないだろう。そうであれば、条例によらず、金属くず売買規制は許可ではなく届出に、しかし厳格に包む法律を作ればいい。そのなかで国は「条例」の上位法である「法律」として「金属盗対策法」を新たに制定する段取りを整えた。

 さらに今回、これを機に古物営業法の施行規則第2条の改正まで一歩踏み込んだ。
その結果、全国各地の鉄スクラップ業者は、(条例によらず)法律により届出義務と公安委員会の監督に服することになる。

 

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注1=2023220日。産業新聞。「関東鉄源協・スクラップ流出 水際対策を」

219501230日。佐世保市議会月報・第15号「古鉄金属回収業条例とは」

注3=東資協二十年史 1970年東京都資源回収事業協同組合 116122 136138

注4=202479日・産業新聞。「警察庁、金属盗難防止条例検討を31都府県の警察に指示」

注5=202471日・テックスレポート「木谷謙介日本鉄リサイクル工業会長に聞く」