1 2025年3月 「金属盗対策法」も登場
太陽光発電施設の金属ケーブル盗が多発などを受け、政府は25年3月11日、「金属盗対策法」(正式名称=盗難特定金属製物品の処分の防止等に関する法律)案を閣議決定した。
金属くず買い取り業者に営業届出の義務を課し、違反すれば6月以下の拘禁刑か100万円以下の罰金、または両方を科す。また売主の本人確認や取引記録の3年間保存、警察の立入調査を可能とし、営業停止の行政処分もできるようにする。
公布後1年以内に順次施行される。業者が無届営業した場合は都道府県公安委員会からの本人確認の確実な実施指示に従わないなど悪質な業者は6月以内の営業停止とする。
ケーブル切断機能を持つカッターなどの工具の隠し持ちを禁止する。
2 制定の経過
*鉄スクラップの特質と就業機会 鉄スクラップ商売は法的には古物営業法や廃棄物処理法の適用外であり、集荷段階では現物・現金の即時決済だから換金性はきわめて高い。
従って誰でも(国籍を問わず)、軽資本からでも自由に鉄スクラップ商売を開業できる。この特性が就業機会に恵まれない人たちに格好のビジネスチャンスを提供した。
ただ鉄スクラップ処理作業などでは、騒音、振動、油水漏出や火災などが時として発生する。また行政には、突然の新規ヤード開設に平穏な日常生活がおびやかされる、との近隣住民の苦情、陳情が殺到する。この対策として、関東自治体は2021年以降相次ぎ「再生資源屋外保管条例」を制定し、罰則規制を強めた。なかでも鉄スクラップ「ヤード」の新規開設が集中した千葉県はその、抜本的な対応に追われた。
*既存業者と新参(外資系)対立 既存鉄スクラップ業者でも新規参入業者への危機感が高まった。報道によれば関東地区の鉄スクラップの月間発生量約70万トンのうち約25万トンを外資系鉄リサイクル企業が購入しており、このままでは(鉄リサイクル)工業会関東支部企業の3分の1が無くなる恐れがある。その対策として、業界は「根本的部分(法整備)に切り込む必要がある」(2023年2月20日。産業新聞。「関東鉄源協・スクラップ流出 水際対策を」)との関係者の痛切な発言が伝えられた。
*業界、警察の動き 同年5月。日本鉄リサイクル工業会は、特別委員会として「適正ヤード推進委員会」を設置し、「不適正ヤード排除」対策を主な議題に、8月以降は経産省、警察庁、環境省もオブザーバーとして参加し協議、検討を重ねた。
その1年後の2024年5月、警察庁は金属スクラップの盗難防止条例(金属屑営業条例))制定を検討するよう条例未整備の31都府県の警察に指示した(2024年7月9日・産業新聞。「警察庁、31都府県の警察に指示」)。
*金属屑営業条例の復活 同年7月、千葉県は2005年に廃止した「金属くず取扱業条例」を20年ぶりに「特定金属類取扱業規制条例」に改め再制定した。規制対象は「電線、グレーチング、マンホール、敷板、足場板、銅製の屋根材等の金属製物品」に変更して2025年1月から施行した。一旦廃止した条例の復活は岐阜県が2000年4月に廃止した「金属くず営業に関する条例」を2013年10月「岐阜県使用済金属営業条例」に改め、再制定した例に続くものだ。
特筆すべきは1966年に一旦は削除した「許可の更新」規定を、今回復活させた(新6条)ことだ。この条項復活は、今後の取締りの方向を示すものとして注目される。つまり許可後の営業は無条件で認められるものではなく、状況によっては「許可更新」を認めない場合もありうると明示した。同様に栃木県警や群馬県警でも「金属買取業者に記録の保存義務づける条例目指す」との報道が相次いだ。
*日本鉄リサイクル工業会は賛意 この条例制定の動きに対し、日本鉄リサイクル工業会長は、千葉県の新条例は盗難金属の流通抑止が主な観点であり、ヤードの立入検査、帳簿の確認、鉄スクラップ受入れ時の身元確認だけでなく、違反すれば営業停止や許可の取り消しとなり、警察の指導に従わなければ業を営めなくなる。これにより、不適正ヤードの新規参入を牽制できるほか、不適正ヤードの撲滅にも有効だ、として「今後、全国各地で同様の条例が施行されるようになればと思っている」と賛意を表した(2024年7月1日・テックスレポート 「木谷謙介日本鉄リサイクル工業会長に聞く」)
3 「金属盗対策法」が登場
同じ24年9月。警察庁は金属ケーブル盗などの多発を受け、買受け業者団体である日本鉄リサイクル工業会副会長や非鉄金属リサイクル全国連合会常任理事などを委員に加えた「金属盗対策に関する検討会」を開始。2025年1月その「報告書」取りまとめ(注)、
3月閣議で「金属盗対策法」を決定し、公布後1年以内の施行を目指した。
「報告書」によれば、新法は「金属盗対策」を立法目的とする。そのため、金属ケーブル盗が多発する「銅からまず規制」し、「今後、情勢に応じて(鉄スクラップなど)規制対象の金属を機動的に追加する」。その規制手段として「取引時の本人確認」「帳簿記載」「盗品である疑いがある場合の申告」などを検討した。ただ鉄スクラップ関係者から「業者に対して過度な負担にならないよう」な届出制が望ましい、とされた。
4 金属営業条例との関係
警察庁は24年5月、「金属くず営業条例」の制定のない31都府県警察にも制定の指示を出した。しかし同条例は1958年の最盛時でも47都道府県の内、29道府県が制定したのに留まり、その後14県が廃止。2024年末現在の施行は(再施行の岐阜県を含めても)16道府県に過ぎない。「31都府県」の完全実施は容易ではないだろう。
そうであれば、以下は筆者の私見であるが、(条例制定を回避した東京都や京都府の例にならって)、地方自治体が個々に制定する条例に代わる、別の便法が考えられる。
まさにそのような新法案ができあがった。即ち、厳格な「許可制」ではなく、業者の抵抗の少ない「届出制」、しかし売主の本人確認や取引記録の3年間保存、警察の立入調査や営業停止の行政処分、違反すれば6月以下の拘禁刑か100万円以下の罰金、または両方を科す骨格とした。
国(警察庁)は、関係業者を検討会メンバーに加え、その意見聴取のうえ「条例」の上位法である「金属盗対策法」を新法として制定する段取りを整えた。その結果、今後、全国の鉄スクラップ業者は、新法により届出義務と公安委員会の監督に服することになる。
であれば、警察庁(都道府県警察)にとって、(個々の制定労力を要する)金属屑営業条例の制定は、もはや特段の必要事ではないだろう。
(注27 警察庁 金属盗対策に関する検討会 報告書
https://www.npa.go.jp/bureau/safetylife/scrap/report.pdf
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参考
「金属盗対策」に関する政府、業界の動き https://steelstory.jp/market/6253/
茨城県「特定金属類取扱業条例」を考える https://steelstory.jp/market/6162/
千葉県特定金属類取扱業規制条例と「囲い込み」を考える Vol.2https://steelstory.jp/market/5550/